昨年11月に、運良く、国籍(特に欧州出身かどうか否かという点)で判断をせず、力のある人・頑張る人には可能な限り機会を上げよう・機会を見つけるサポートをしようという上司に巡りあい、期間限定でのお仕事をいただいてから早4ヶ月。
当初は年明けまでの契約だったのだが、頑張りを認めてもらえ、また幸いにも契約延長をしていただける糸口が見つかり、2ヶ月延長していただいたものの、今月はとうとうその契約期限の最後の月。そしてその期限が近づいた今週、やっと今後についての通告。さすがに、そもそも自分を短期(1-2ヶ月)という期間で雇う必要性のあった状況が解決してしまっているので、さすがにこれ以上の延長はありえない、これでさすがにお別れかと思っていたのだが・・・、何と再度雇用の延長と口頭で通達をいただくことに!未だ正式文書での通告ではないのだが、本当に嬉しい知らせ。
とはいえ、残念なことも。ここまでこうして、自分に対して機会を捻出してくださったこの上司が、今月一杯で退職し、母国イギリスに戻ってしまうことに。せっかくのBig Supporterとなって下さっていただけに、残念だし、今後もどうなるか心細かったのだが、今回雇用契約延長のお話と共に、これまでの自分の働き方などを見てのフィードバックや今後のアドバイスを下さった。
自分としては意外な内容が多かったのだが、まず欧州をベースに欧米企業で働いてきた彼の目から見ての自分への評価は、「欧州で働くことに全く問題があるように思えない。この会社での経験・評価もできたし、何かあれば自分がReferenceも書いてあげたいと思っているので、あまり心配しなくていいと思うよ」と。また、現在、日本でやっていた仕事のポジションより少し低いポジションのお仕事をしているのだが、「次の仕事を探す際には、少し上のポジションの仕事をできると思う」ということ。ここまでは単純に嬉しいフィードバック。
そして、現在の会社での契約が終わった場合の、アプローチする先としてのRecommendationは、「アメリカの会社で、オランダにInternational本社のある会社」(つまりは今の会社と同じ条件)と。これまでどのRecruiting Agentからも、「日本人なのだから、日本の会社のオランダオフィスに行け」というアドバイスしかもらってこなかったので、少し驚き。本当のことを言うと、アメリカの会社の欧州オフィスで働くということは、ずっと難しいと思っていた。日本でずっと、アメリカの会社で働いていたので、多少アメリカの会社のカルチャーややり方は知っているということはあるけれど、アメリカの会社がわざわざアジア人の自分をヨーロッパで展開しているビジネスにおいて採用したいと思わないのではと思っていた。また自分としても、ローカルの知識のない自分として、力を発揮するのは難しいかなと思っていたということもある。でも、こうして「日本人」の自分ではなく、「自分」個人を評価してくださったという点では、有難いことだ。
そして語学の問題。これまで、日本の会社さんか、オランダの会社さんの中で日本に関連した仕事でないと難しいと考え、オランダ語で仕事ができる経験を積んでいかなくては!と思っていたのだが。何と、オランダ人同僚さんたちからのフィードバックを元に、「アメリカ系の会社で働くのであれば、今のあなたのオランダ語の読み書きレベルで十分。それよりは、英語を何とかせよ!」と。。。そう、日本で英語を使っての仕事はしてきたものの、やはり「日本人英語」に慣れた人たちの中でやってきていたから、多少甘めに見てもらえていたのだなということを痛感する。ただ単なる「英語」という言葉の問題として、とりあえず通じればよいという範囲ではやはりダメ。一人前のプロフェッショナルとして対等に接してもらえ、瞬時に的確に相手を動かすことのできる、英語的な思考力の備わった正しく・的確な英語力をつける必要があるとのこと。またプラスして、言動・振る舞いもしかり。もっと堂々とする必要があるし、日本の中で仕事をする常識の一部(丁寧すぎるなど)は取り去った方がよいとのこと。
・・・など、多少耳の痛いフィードバックもありつつも、今後このオランダで一人前のプロフェッショナル人材として仕事をしていく可能性を探るにあたり、有難い評価やアドバイスをいただくことができ、少し春に向けて、心が軽く・明るくなってきたように感じる。これからまた、延長された雇用期間のなかで、焦らず・腐らずに、例え小さくとも1つ1つ得られたチャンスを大切に、少しでも自分がやりたい仕事ができるようになるために、必要な課題は克服していけたらなと思う。
Friday, 7 February 2014
Tuesday, 4 February 2014
Vrijstellingen・・・って結局なんだ!?
先日のポストで触れたオランダへの移民化関連の話題の続き。
ここ半年以上、すったもんだしてきた、「オランダに移住して3.5年以内(2012年までの移民者)に、移民化したとみなされる試験、或いはその同等のDiplomaを取得する」という条件をクリアするための、交渉事。ずっと電話・メールでのやりとりだったのだが(他の都市・地域とは大分違うかも!)、我が小さな村地域を統括する市役所の担当者さんと初めて顔をあわせてお話をさせていただいた。
担当者の方の説明によると、「Vrijstellingen」になるという選択肢があるものの(これまた未だ確定ではないが)、これに入ってしまうと、将来どのような扱いをされるか分からないとの説明をいただく。例えば、永住権を申請しても却下されたり、期間限定のビザしかでなかったり、ビザ申請に異常な時間を要したりということが起こりうるとのこと。ただこれまた、「起こりうる」というだけで、実際にそういう結果がでたことをご存知な訳でもないご様子。。
実際、移民局やDUOと呼ばれる移民試験を管轄している組織のWebサイトを見ても、Vrijstellingenだけ別の扱いがされるとは全く書かれていない。どう見ても、「試験が免除される」だけで、他の移民試験・語学試験をパスした方々と差別化されるようなそぶりも見られない。ただ、「同じ」扱いをされるとも書かれていないという、曖昧さ。。移民局に問い合わせるという手もあるのだが、いつも問合せをするたびに、担当者によって違うことを言われたり、政策が変わってしまったりで、本当のところ誰が正しいことを言ってくれるかも分からない。。
今回、自分の市役所の担当者さんは、「長年の経験」を元に、「万が一永住権が欲しいのであれば、できるだけきっちり決められたルールに沿ったことをクリアしておく方が良い」と考えていらっしゃるらしく、「難しくないだろうから、試験受けちゃえば?」というのがアドバイス。
ただやはり、どの試験にしても、いきなり試験会場に行って受かるという話は残念ながら殆ど聞いたことがないので、試験対策勉強(少なくとも幾つか過去問題をやってみるとか)なしに受かるとは思えない。(弱気すぎ!?) 一方で、仕事が幸運にも続いてしまっているため、がっと集中して試験対策をする余裕も少しなさそうな状況。
などなど、色々なことを考えた上で、とりあえずVrijstellingenのリストに載せてもらえるかの審査を進めてもらい、一方で、試験は長期戦で臨み、万が一試験に合格したら報告するという形を取ろうかという結論に。とはいえ、このVrijstellingenにそもそもなれるのか!?ということもあり、やっぱり試験勉強はしなくちゃかな・・・と降参気味。移民をするというのは本当に色々な面でエネルギーがいるものだ・・・・やっぱりちょっとブルーな気分。
ここ半年以上、すったもんだしてきた、「オランダに移住して3.5年以内(2012年までの移民者)に、移民化したとみなされる試験、或いはその同等のDiplomaを取得する」という条件をクリアするための、交渉事。ずっと電話・メールでのやりとりだったのだが(他の都市・地域とは大分違うかも!)、我が小さな村地域を統括する市役所の担当者さんと初めて顔をあわせてお話をさせていただいた。
担当者の方の説明によると、「Vrijstellingen」になるという選択肢があるものの(これまた未だ確定ではないが)、これに入ってしまうと、将来どのような扱いをされるか分からないとの説明をいただく。例えば、永住権を申請しても却下されたり、期間限定のビザしかでなかったり、ビザ申請に異常な時間を要したりということが起こりうるとのこと。ただこれまた、「起こりうる」というだけで、実際にそういう結果がでたことをご存知な訳でもないご様子。。
実際、移民局やDUOと呼ばれる移民試験を管轄している組織のWebサイトを見ても、Vrijstellingenだけ別の扱いがされるとは全く書かれていない。どう見ても、「試験が免除される」だけで、他の移民試験・語学試験をパスした方々と差別化されるようなそぶりも見られない。ただ、「同じ」扱いをされるとも書かれていないという、曖昧さ。。移民局に問い合わせるという手もあるのだが、いつも問合せをするたびに、担当者によって違うことを言われたり、政策が変わってしまったりで、本当のところ誰が正しいことを言ってくれるかも分からない。。
今回、自分の市役所の担当者さんは、「長年の経験」を元に、「万が一永住権が欲しいのであれば、できるだけきっちり決められたルールに沿ったことをクリアしておく方が良い」と考えていらっしゃるらしく、「難しくないだろうから、試験受けちゃえば?」というのがアドバイス。
ただやはり、どの試験にしても、いきなり試験会場に行って受かるという話は残念ながら殆ど聞いたことがないので、試験対策勉強(少なくとも幾つか過去問題をやってみるとか)なしに受かるとは思えない。(弱気すぎ!?) 一方で、仕事が幸運にも続いてしまっているため、がっと集中して試験対策をする余裕も少しなさそうな状況。
などなど、色々なことを考えた上で、とりあえずVrijstellingenのリストに載せてもらえるかの審査を進めてもらい、一方で、試験は長期戦で臨み、万が一試験に合格したら報告するという形を取ろうかという結論に。とはいえ、このVrijstellingenにそもそもなれるのか!?ということもあり、やっぱり試験勉強はしなくちゃかな・・・と降参気味。移民をするというのは本当に色々な面でエネルギーがいるものだ・・・・やっぱりちょっとブルーな気分。
Tuesday, 28 January 2014
オランダ語・・・・大後退気味。。
「オランダ語で仕事をし始めれば、これまでに学んだことが土台になって、きっとすぐにぐーんと伸びるわよ!」・・・・とは、何人の方に言われただろうか。
しかしながら現状は、大ストラグル中。理由は多々。1つ目は、やはり大学のコースで学んできたオランダ語と、仕事で使うオランダ語が大分違うこと。確かに、英語も、本気で使う英語を学んだのは英国大学院で学ぶための英語。(日本での大学受験までの英語は別として)大学院を終え、その後仕事でネーティブの人を相手に英語を使い始めたときに、「わー、仕事用の英語はちょっと違う!」とぎこちなさを感じたのは事実。でも、そもそもが学習歴が短いオランダ語は、それ以上の、言葉に形容し難い・説明し難い壁を感じる。
もう1つは、「オランダ語以外で物事が成り立たない」という究極な状態でないこと。自分で心を律さない限りは、100%英語で仕事もできてしまう環境。オランダ人の同僚がいるので、オランダ人との直メールではオランダ語を書いたり、話したりしようとはしているのだが、特に「話す・聞く」という面において、やはりぎこちない自分の会話力故に、すぐに折れてしまう自分。。いつも「よし、今日からは心を律して、折れないぞ!」と思うのだが・・・使える機会の6-7割は逃してしまっている。
そしてオランダ語の勉強に時間を割かなくなっていること。このため、これまで学んだ単語は頭から抜け落ち、新しい単語が入ることもなく・・・というひどい状況。これまた「今日からは、電車の中で勉強だ!」と、自分なりに勉強課題リストを作ってみたりするのだが、1日目から守れず。異常な眠気に襲われたり、疲れてボーっとししまったり。
また気を取り直して、家で昔のテキストの音読などを始めると、「あれ、本当に正しい発音ってどんなんだろう・・・間違った発音のままでいると、矯正が難しくなりそうだから、彼(ネーティブだから)に確認してみてから、練習再開だ!」なんて思うと・・・・これまた仕事と牧場で忙しい身、なかなかまともに時間はとってもらえず。。
ということで、このオランダ語習得状況の停滞ぶりに少し焦り気味。焦るのであれば、1日10分でもいいから、音読したり、1つでも単語を覚えなおしたらよいのに・・・・と思いつつ、悪循環の日々は続く。。今のお仕事の契約がひとまず一区切りついたら、またスパルタな学校に通うかな?なんて。
しかしながら現状は、大ストラグル中。理由は多々。1つ目は、やはり大学のコースで学んできたオランダ語と、仕事で使うオランダ語が大分違うこと。確かに、英語も、本気で使う英語を学んだのは英国大学院で学ぶための英語。(日本での大学受験までの英語は別として)大学院を終え、その後仕事でネーティブの人を相手に英語を使い始めたときに、「わー、仕事用の英語はちょっと違う!」とぎこちなさを感じたのは事実。でも、そもそもが学習歴が短いオランダ語は、それ以上の、言葉に形容し難い・説明し難い壁を感じる。
もう1つは、「オランダ語以外で物事が成り立たない」という究極な状態でないこと。自分で心を律さない限りは、100%英語で仕事もできてしまう環境。オランダ人の同僚がいるので、オランダ人との直メールではオランダ語を書いたり、話したりしようとはしているのだが、特に「話す・聞く」という面において、やはりぎこちない自分の会話力故に、すぐに折れてしまう自分。。いつも「よし、今日からは心を律して、折れないぞ!」と思うのだが・・・使える機会の6-7割は逃してしまっている。
そしてオランダ語の勉強に時間を割かなくなっていること。このため、これまで学んだ単語は頭から抜け落ち、新しい単語が入ることもなく・・・というひどい状況。これまた「今日からは、電車の中で勉強だ!」と、自分なりに勉強課題リストを作ってみたりするのだが、1日目から守れず。異常な眠気に襲われたり、疲れてボーっとししまったり。
また気を取り直して、家で昔のテキストの音読などを始めると、「あれ、本当に正しい発音ってどんなんだろう・・・間違った発音のままでいると、矯正が難しくなりそうだから、彼(ネーティブだから)に確認してみてから、練習再開だ!」なんて思うと・・・・これまた仕事と牧場で忙しい身、なかなかまともに時間はとってもらえず。。
ということで、このオランダ語習得状況の停滞ぶりに少し焦り気味。焦るのであれば、1日10分でもいいから、音読したり、1つでも単語を覚えなおしたらよいのに・・・・と思いつつ、悪循環の日々は続く。。今のお仕事の契約がひとまず一区切りついたら、またスパルタな学校に通うかな?なんて。
Sunday, 26 January 2014
オランダ永住ビザ申請権利・・・ますます混沌。
以前に何度か、オランダ滞在ビザや、永住ビザ/オランダ国籍取得に関して、ブログのポストを書いてきたことがあるのだけれど、ここ最近また結果は出ずとも、出くわしたことがあるので、少し参考までに書いてみようと思う。(02.オランダへの移住 のカテゴリーに過去のポストあります)
移住した年により、適用されるルールが微妙に違うようなので、全員の方に当てはまる訳ではないのだけれど、少なくとも2012年に移住してパートナービザを交付された日本人の方々は(或いは2011年以前も?)、オランダ永住権・オランダ国籍取得の権利を得る1つの条件として、移住を始めて3.5年以内に、所定の試験に合格し、同じ種類のビザで5年以上オランダに居住することというものがあると認識している。(ちなみに、移住してすぐにそれなりの所得の仕事をずっと続けているなど、幾つか違った状況の方は、また違う条件があるので、確認をされるとよいかもと思います)
この所定の試験としてあげられているのが、移民試験(Inburgering examen)という、オランダ語とオランダ社会ルールや文化に関する試験。或いは、この「物議の多い」移民試験以外に(昔に少し関連したポストあり)、NT2というオランダ語の国家試験に合格することでも、代替となる。ただ、この試験は、移民試験よりオランダ語のレベルが高く、レベル1はオランダ語で仕事ができるレベル、レベル2はオランダの高等機関(大学・大学院)でオランダ語で学べるレベルの能力を見るもの。
居住地や居住された年によっては、市役所からの援助を受けて、こうした一連の試験対策の学校へ無料で通えることができたようなのだが、自分が住む地域では、2012年に移住した人の大部分(国籍で違うみたい)は、援助が打ち切り。自費で通うことが義務付けられていた。(ちなみにアムステルダムやロッテルダム、その他の都市・地域などでは、2012年までは援助されていた様子)
市役所が援助する場合には、学校が指定されてしまうようなのだが、「試験に最終的に受かるのであれば、ご自由にどうぞ」と放置された自分。どうせオランダ語を本気で習得するのであれば、移民試験の学校(噂によると、コンピューターベースで勉強するとか!?さらに相当高いらしい)に通うより、実のあるコースに通おうと、2012-13年の約1年半、デルフト工科大学のオランダ語集中コースにみっちりと通い、使えるオランダ語を身に付けることに重点を置き(実際どういう結果になったかはさておき)、試験対策は先延ばしにしてきた。
ただ、どうやら移民試験のレベル(A2)を超えるオランダ語のコースを修了したことを証明できれば、試験免除になるらしいという話を幾つか聞きつけ、過去のブログポストにも書いたのだが、デルフト工科大学がコース修了後に出してくれる証明書(注:Certificationではない)を提出してみたのだが、DUOと呼ばれる移民試験関連を取り仕切る組織から、「ダメ!」出し。。
さすがに虫がよい話かもと感じてあきらめたものの、昨年6月無事デルフト工科大学のコースを上級コースまで修了したところ、大学側から、「NT2のレベル2と同等のオランダ語力を要する」と書いた正式なCertificateを頂くことに。そこで、やっぱり試験を受けたくない自分(往生際悪すぎ・・・)、最後にもう一度、これまで多少相談に乗って下さってきた市役所の担当者の方に、このCertificateを送ったところ。「NT2と同等のレベルがあるというCertificateなのだから、試験免除になってもよいのでは?」と、DUOの担当に再審査要請を送ってくださった。
ただその後4ヶ月以上、音沙汰もなく、さすがに何かしらの審査結果が出ているのではと、市役所担当者に問合せをしてみると。「残念ながら、DUO担当者から、『正式なCertificateではない』(何をして正式とするのかいまだよく分からないのだけれど・・・)と、『この証明書では十分でないと、DUOとしてはアドバイスする』と返事があった」と。更には、「我が市役所としては、このDUOの判断に懐疑的なため、もう少し最終結果を知らせるまで時間をくれ」と。
・・・そこで不思議であったのが、DUO側が、「NGで決定」という通達ではなく、「アドバイス」という言葉を使っていること。また市役所側が、その「アドバイス」を疑問視して、市役所内での協議したいということ。というのも、2013年からは、これまで通常市役所が移民に対して1対1で助言・サポートをしてきた業務が廃止となり、移民は直接DUOという組織とやり取りしなくてはいけないことになっていた。市役所担当の方が自分をサポートして下さっているのは、2012年に移民関連業務を外注した団体さんがイマイチ動きが悪くてサポートが十分でなかったことを認めてくださり、業務外のところを敢えてサポートして下さっているという特例状態。このため、DUOが回答した内容が、イコール決定でなく、市役所が最終意思決定を何かできるって、どういうこと!?と少し混乱してきた。
そこで、もう一度改めて、移民関連を扱う政府の機関の公式ページを読んでみたところ・・・少し事情が分かってきた。どうやら、指定の試験を受けなくてよい人たちを「Vrijstellingen」と呼んでいるようなのだが、2013年以前の移住者に関しては、この部類に入るかどうかは、市役所に決定権限があるとのこと。(2013年以降移住の場合には、DUOの判断=決定となるらしい) これでちょっと、今の動きが納得。
そしてこれから。「Vrijstellingen」に入るということは、有利な点と不利な点があるらしく、この市役所担当者の方より、しっかり全てを理解してもらった上で、Vrijstellingenになるか、試験をやはり受けるのかを決めてもらいたいとのリクエストが。ずっと、試験免除されることと、試験合格することは同じ位置づけと思っていたので、少し驚く。さらにどこのWeb上のページを探しても、Vrijstellingenになることのデメリットを書いたページがなく、また頭が「???」。ということで、とりあえず、今後アポイントを取り、市役所の方との面談に望むことに。
ちなみに、2008年頃にとある大きな都市圏に移住した友人(日本人ではない)から以前聞いた話しなのだが、試験を全く受けず・それに類似するCertificateも持たずに、市役所からVrijstellingenのリストに入れましたと通達があったとか。この都市で、移民試験の合格率が低く、ターゲットにする数値にいかず、問題のなさそうな移民と識別されるとリストに載せられていたらしいとか。。国統一のルールがありきと思いきや、移住した都市や年によって、何だかバラバラのよう・・・少し不思議なものだが、「ルールがこうだからダメだ」とあきらめず、地道に道を切り開く余地があるということなのか?(なんて・・)
移住した年により、適用されるルールが微妙に違うようなので、全員の方に当てはまる訳ではないのだけれど、少なくとも2012年に移住してパートナービザを交付された日本人の方々は(或いは2011年以前も?)、オランダ永住権・オランダ国籍取得の権利を得る1つの条件として、移住を始めて3.5年以内に、所定の試験に合格し、同じ種類のビザで5年以上オランダに居住することというものがあると認識している。(ちなみに、移住してすぐにそれなりの所得の仕事をずっと続けているなど、幾つか違った状況の方は、また違う条件があるので、確認をされるとよいかもと思います)
この所定の試験としてあげられているのが、移民試験(Inburgering examen)という、オランダ語とオランダ社会ルールや文化に関する試験。或いは、この「物議の多い」移民試験以外に(昔に少し関連したポストあり)、NT2というオランダ語の国家試験に合格することでも、代替となる。ただ、この試験は、移民試験よりオランダ語のレベルが高く、レベル1はオランダ語で仕事ができるレベル、レベル2はオランダの高等機関(大学・大学院)でオランダ語で学べるレベルの能力を見るもの。
居住地や居住された年によっては、市役所からの援助を受けて、こうした一連の試験対策の学校へ無料で通えることができたようなのだが、自分が住む地域では、2012年に移住した人の大部分(国籍で違うみたい)は、援助が打ち切り。自費で通うことが義務付けられていた。(ちなみにアムステルダムやロッテルダム、その他の都市・地域などでは、2012年までは援助されていた様子)
市役所が援助する場合には、学校が指定されてしまうようなのだが、「試験に最終的に受かるのであれば、ご自由にどうぞ」と放置された自分。どうせオランダ語を本気で習得するのであれば、移民試験の学校(噂によると、コンピューターベースで勉強するとか!?さらに相当高いらしい)に通うより、実のあるコースに通おうと、2012-13年の約1年半、デルフト工科大学のオランダ語集中コースにみっちりと通い、使えるオランダ語を身に付けることに重点を置き(実際どういう結果になったかはさておき)、試験対策は先延ばしにしてきた。
ただ、どうやら移民試験のレベル(A2)を超えるオランダ語のコースを修了したことを証明できれば、試験免除になるらしいという話を幾つか聞きつけ、過去のブログポストにも書いたのだが、デルフト工科大学がコース修了後に出してくれる証明書(注:Certificationではない)を提出してみたのだが、DUOと呼ばれる移民試験関連を取り仕切る組織から、「ダメ!」出し。。
さすがに虫がよい話かもと感じてあきらめたものの、昨年6月無事デルフト工科大学のコースを上級コースまで修了したところ、大学側から、「NT2のレベル2と同等のオランダ語力を要する」と書いた正式なCertificateを頂くことに。そこで、やっぱり試験を受けたくない自分(往生際悪すぎ・・・)、最後にもう一度、これまで多少相談に乗って下さってきた市役所の担当者の方に、このCertificateを送ったところ。「NT2と同等のレベルがあるというCertificateなのだから、試験免除になってもよいのでは?」と、DUOの担当に再審査要請を送ってくださった。
ただその後4ヶ月以上、音沙汰もなく、さすがに何かしらの審査結果が出ているのではと、市役所担当者に問合せをしてみると。「残念ながら、DUO担当者から、『正式なCertificateではない』(何をして正式とするのかいまだよく分からないのだけれど・・・)と、『この証明書では十分でないと、DUOとしてはアドバイスする』と返事があった」と。更には、「我が市役所としては、このDUOの判断に懐疑的なため、もう少し最終結果を知らせるまで時間をくれ」と。
・・・そこで不思議であったのが、DUO側が、「NGで決定」という通達ではなく、「アドバイス」という言葉を使っていること。また市役所側が、その「アドバイス」を疑問視して、市役所内での協議したいということ。というのも、2013年からは、これまで通常市役所が移民に対して1対1で助言・サポートをしてきた業務が廃止となり、移民は直接DUOという組織とやり取りしなくてはいけないことになっていた。市役所担当の方が自分をサポートして下さっているのは、2012年に移民関連業務を外注した団体さんがイマイチ動きが悪くてサポートが十分でなかったことを認めてくださり、業務外のところを敢えてサポートして下さっているという特例状態。このため、DUOが回答した内容が、イコール決定でなく、市役所が最終意思決定を何かできるって、どういうこと!?と少し混乱してきた。
そこで、もう一度改めて、移民関連を扱う政府の機関の公式ページを読んでみたところ・・・少し事情が分かってきた。どうやら、指定の試験を受けなくてよい人たちを「Vrijstellingen」と呼んでいるようなのだが、2013年以前の移住者に関しては、この部類に入るかどうかは、市役所に決定権限があるとのこと。(2013年以降移住の場合には、DUOの判断=決定となるらしい) これでちょっと、今の動きが納得。
そしてこれから。「Vrijstellingen」に入るということは、有利な点と不利な点があるらしく、この市役所担当者の方より、しっかり全てを理解してもらった上で、Vrijstellingenになるか、試験をやはり受けるのかを決めてもらいたいとのリクエストが。ずっと、試験免除されることと、試験合格することは同じ位置づけと思っていたので、少し驚く。さらにどこのWeb上のページを探しても、Vrijstellingenになることのデメリットを書いたページがなく、また頭が「???」。ということで、とりあえず、今後アポイントを取り、市役所の方との面談に望むことに。
ちなみに、2008年頃にとある大きな都市圏に移住した友人(日本人ではない)から以前聞いた話しなのだが、試験を全く受けず・それに類似するCertificateも持たずに、市役所からVrijstellingenのリストに入れましたと通達があったとか。この都市で、移民試験の合格率が低く、ターゲットにする数値にいかず、問題のなさそうな移民と識別されるとリストに載せられていたらしいとか。。国統一のルールがありきと思いきや、移住した都市や年によって、何だかバラバラのよう・・・少し不思議なものだが、「ルールがこうだからダメだ」とあきらめず、地道に道を切り開く余地があるということなのか?(なんて・・)
Monday, 20 January 2014
オランダにて、インドの観光ビザ手配。
色々なことで手一杯だったり、思わぬハプニングが起こり、一度も日本に戻れず、とうとう2年が経過。そうこうしているうちに(!)、日本ではなく、インド旅行に出ることに。
実は、妙に留学以来、インド縁が強く、英国MBA(大学院)留学をした際に出逢った友人たちのグループに、何名かインド人がおり、彼ら・彼女たちの結婚式にお呼ばれしたり、たまたま仕事の関係で出かけることになったり。これまで、オランダにくる前の3年間で5回ほど訪れることに。そして今年は、大親友の結婚が決まり、結婚式に参列するため、6度目のインド訪問を計画中。
ちなみに、過去インド訪問のたびにビザ申請をしているのだが、初めての申請は、英国留学中で、ロンドンのインド大使館で手配。朝インド大使館に行き、沢山の行列(という雑踏!?)に入り、日にちと時間が書かれた紙をもらう。そしてそのアポイントの日に、改めて大使館に出向き、窓口で書類を提出。その場で審査官みたいな人が書類に目を通し、審査OKとなると、お金を払ってパスポートにビザを発給してもらうといった流れ。ちなみに、料金は国籍によって違うらしく、日本人はかなり格安だった。
そして2回目以降は東京で手配。東京でのプロセスは、書類を揃えて、大使館ではなく、大使館がサービスを外注しているビザアプリケーションセンターに出向き、順番待ち。自分の番が来たら、書類&パスポートを提出すると、担当の人が簡単にチェックをし、お金を支払う。確か、ビザをもらえる日をその場で指定してもらい、その日以降に、再度アプリケーションセンターに出向き、ビザを貼ってもらった自分のパスポートを返してもらったように記憶している。
ただこの過去5回の申請ともに、多少「細かいこと聞くなー」と思う部分はあっても、それほど難しい内容ではなかったので、ま、おいおい手配すれば・・・と高をくくっていたところ。今回ビザ申請について説明されたWebページを見つけて、読んでいくと、少し焦りが生じる。少し手続きの仕方が変わったのと(申請用紙はWebベース)、日本国籍を持ちながら、オランダという第三国で申請することなどもあってか、申請書以外に揃えるものが、思いのほか多い!
何とか体裁を整えて、インド大使館の命を受けて、ビザ申請受付・受け渡しの代行をしているビザアプリケーションセンターへ。少し遅い時間に行き過ぎたためか、思いの他すいていたのだけれど、1件1件の申請書類と内容チェックで時間がかかっている。。さらには、結構厳しくチェックの結果、「出直してください」と言われている人たちも。そう冷たく言われて、頭にきて、申請受付担当者に食ってかかっている人たちもおり、更に時間がたっていく・・・結局待たされること2時間。
あまりに色々もめている様子を見ていたので、少し自分の揃えた書類につっこまれどころがあるかな・・と不安もあったため、ちょっとドキドキ。でも、日本国籍者のビザ申請自体が比較的ゆるいようで、申請チェック担当者は、終始笑顔。「日本人は料金が安いのよね~」などとまで言われ、最後は「通常であれば、あなたのようなケースは2日で発給されると思います」と。Webサイトのステータストラッキングシステムにて、自分の受付番号などを入力し、ステータスが「Approve」となったら、取りに来てねとのこと。
ちなみに、2日といわれたものの、結局3日半かかり、無事承認。来週またはるばると、ビザアプリケーションまで出向くことに。
さすがにオランダで、インドの観光ビザ申請をされる方はそうそういらっしゃらないかもしれないのですが、今回の申請内容・方法などを覚書も兼ねて、以下に書いてみます。万一同じようなケースで申請される方は、年々刻々ルールもプロセスも変わっているので、参考程度に読んでいただければと思います。
今回必要となったことは以下の通り。
①Web上の申請フォームに、必要事項を記入。項目的には少し増えている!?
過去にとった最新のビザ情報、最後にインドで訪れた場所の住所、過去10年間で
訪問した国名(文字制限があって全部かけなかった・・・)などなど。
また、これまで過去にもらった、6ヶ月有効で複数回入国可能の観光ビザを参照して、
今回申請するビザの要件を入力したのだが、後によくよく項目説明ページを読んだところ (先に読めという感じですが・・・とほほ)
「6ヶ月のビザを申請する場合、また複数回入国のビザを申請する場合には、
その必要性を示す書類を提出すること」・・・・と。
その他、諸々、間違ってしまったところが幾つか見つかり、一度記載完了と押してしまった
フォームは修正がきかず、結局3-4度申請フォームを書き直す羽目に。。
②誓約書類
観光ビザで入国した場合に、入国期間中に、自分のビジネスにつながることをしない
とか、提出した文書・プロセスに関して納得していることなどを、2つほど宣誓をする文書
が必要。テンプレートは、Web上にあり。
③(ステータス次第だが・・・)最新の銀行の明細書。
最近の月の入出金の記録と、口座にある金額がプラスであることを示すため・・・とのこと。
未だオランダでの収入が乏しいので、こんなものを見せたら、かえってNGにされちゃうの
ではとちょっとハラハラ。。
④(オランダのパスポート保持者以外の申請者)オランダにこの先1年以上滞在許可を
受けている証明書
アプリケーションセンターの説明文書では、「市役所にて、これを証明する文書をもらって
提出すること」とあった。申請する予定の前日にこの文章を発見し、慌てて翌朝、
アプリケーションセンターに出向く前に、地元の市役所(というか村役場?)に出かけた
ところ・・・ 出してもらえる書類が、現在の住所に住んでいるという証明書のみ。。
事情を説明したのだが、「そういう滞在許可の内容を証明する書類は、市役所では
発行できなくなったので、IND(移民局)に行ってくれ」の一点張り。。
仕方なく、取り合えず、住所証明の紙と、INDから発行されている滞在許可書のカード
のコピーを持って出向いたところ。たまたま自分は、オランダに移住して以来、2回も
引越しをしてしまっているため、思わぬ難しさが。INDからの滞在許可が始めて出た
日付と、現住所の入居日に大きなギャップがある。アプリケーションセンターの担当者
曰く、インド大使館担当者から、「このギャップは何だ?」と突っ込まれる可能性が
あるので、誤解を招く書類は出さないこと!とのアドバイス。結局、IND発行の滞在
許可カードのコピーだけ受領されることに。。
実は、妙に留学以来、インド縁が強く、英国MBA(大学院)留学をした際に出逢った友人たちのグループに、何名かインド人がおり、彼ら・彼女たちの結婚式にお呼ばれしたり、たまたま仕事の関係で出かけることになったり。これまで、オランダにくる前の3年間で5回ほど訪れることに。そして今年は、大親友の結婚が決まり、結婚式に参列するため、6度目のインド訪問を計画中。
ちなみに、過去インド訪問のたびにビザ申請をしているのだが、初めての申請は、英国留学中で、ロンドンのインド大使館で手配。朝インド大使館に行き、沢山の行列(という雑踏!?)に入り、日にちと時間が書かれた紙をもらう。そしてそのアポイントの日に、改めて大使館に出向き、窓口で書類を提出。その場で審査官みたいな人が書類に目を通し、審査OKとなると、お金を払ってパスポートにビザを発給してもらうといった流れ。ちなみに、料金は国籍によって違うらしく、日本人はかなり格安だった。
そして2回目以降は東京で手配。東京でのプロセスは、書類を揃えて、大使館ではなく、大使館がサービスを外注しているビザアプリケーションセンターに出向き、順番待ち。自分の番が来たら、書類&パスポートを提出すると、担当の人が簡単にチェックをし、お金を支払う。確か、ビザをもらえる日をその場で指定してもらい、その日以降に、再度アプリケーションセンターに出向き、ビザを貼ってもらった自分のパスポートを返してもらったように記憶している。
ただこの過去5回の申請ともに、多少「細かいこと聞くなー」と思う部分はあっても、それほど難しい内容ではなかったので、ま、おいおい手配すれば・・・と高をくくっていたところ。今回ビザ申請について説明されたWebページを見つけて、読んでいくと、少し焦りが生じる。少し手続きの仕方が変わったのと(申請用紙はWebベース)、日本国籍を持ちながら、オランダという第三国で申請することなどもあってか、申請書以外に揃えるものが、思いのほか多い!
何とか体裁を整えて、インド大使館の命を受けて、ビザ申請受付・受け渡しの代行をしているビザアプリケーションセンターへ。少し遅い時間に行き過ぎたためか、思いの他すいていたのだけれど、1件1件の申請書類と内容チェックで時間がかかっている。。さらには、結構厳しくチェックの結果、「出直してください」と言われている人たちも。そう冷たく言われて、頭にきて、申請受付担当者に食ってかかっている人たちもおり、更に時間がたっていく・・・結局待たされること2時間。
あまりに色々もめている様子を見ていたので、少し自分の揃えた書類につっこまれどころがあるかな・・と不安もあったため、ちょっとドキドキ。でも、日本国籍者のビザ申請自体が比較的ゆるいようで、申請チェック担当者は、終始笑顔。「日本人は料金が安いのよね~」などとまで言われ、最後は「通常であれば、あなたのようなケースは2日で発給されると思います」と。Webサイトのステータストラッキングシステムにて、自分の受付番号などを入力し、ステータスが「Approve」となったら、取りに来てねとのこと。
ちなみに、2日といわれたものの、結局3日半かかり、無事承認。来週またはるばると、ビザアプリケーションまで出向くことに。
さすがにオランダで、インドの観光ビザ申請をされる方はそうそういらっしゃらないかもしれないのですが、今回の申請内容・方法などを覚書も兼ねて、以下に書いてみます。万一同じようなケースで申請される方は、年々刻々ルールもプロセスも変わっているので、参考程度に読んでいただければと思います。
今回必要となったことは以下の通り。
①Web上の申請フォームに、必要事項を記入。項目的には少し増えている!?
過去にとった最新のビザ情報、最後にインドで訪れた場所の住所、過去10年間で
訪問した国名(文字制限があって全部かけなかった・・・)などなど。
また、これまで過去にもらった、6ヶ月有効で複数回入国可能の観光ビザを参照して、
今回申請するビザの要件を入力したのだが、後によくよく項目説明ページを読んだところ (先に読めという感じですが・・・とほほ)
「6ヶ月のビザを申請する場合、また複数回入国のビザを申請する場合には、
その必要性を示す書類を提出すること」・・・・と。
その他、諸々、間違ってしまったところが幾つか見つかり、一度記載完了と押してしまった
フォームは修正がきかず、結局3-4度申請フォームを書き直す羽目に。。
②誓約書類
観光ビザで入国した場合に、入国期間中に、自分のビジネスにつながることをしない
とか、提出した文書・プロセスに関して納得していることなどを、2つほど宣誓をする文書
が必要。テンプレートは、Web上にあり。
③(ステータス次第だが・・・)最新の銀行の明細書。
最近の月の入出金の記録と、口座にある金額がプラスであることを示すため・・・とのこと。
未だオランダでの収入が乏しいので、こんなものを見せたら、かえってNGにされちゃうの
ではとちょっとハラハラ。。
④(オランダのパスポート保持者以外の申請者)オランダにこの先1年以上滞在許可を
受けている証明書
アプリケーションセンターの説明文書では、「市役所にて、これを証明する文書をもらって
提出すること」とあった。申請する予定の前日にこの文章を発見し、慌てて翌朝、
アプリケーションセンターに出向く前に、地元の市役所(というか村役場?)に出かけた
ところ・・・ 出してもらえる書類が、現在の住所に住んでいるという証明書のみ。。
事情を説明したのだが、「そういう滞在許可の内容を証明する書類は、市役所では
発行できなくなったので、IND(移民局)に行ってくれ」の一点張り。。
仕方なく、取り合えず、住所証明の紙と、INDから発行されている滞在許可書のカード
のコピーを持って出向いたところ。たまたま自分は、オランダに移住して以来、2回も
引越しをしてしまっているため、思わぬ難しさが。INDからの滞在許可が始めて出た
日付と、現住所の入居日に大きなギャップがある。アプリケーションセンターの担当者
曰く、インド大使館担当者から、「このギャップは何だ?」と突っ込まれる可能性が
あるので、誤解を招く書類は出さないこと!とのアドバイス。結局、IND発行の滞在
許可カードのコピーだけ受領されることに。。
Sunday, 12 January 2014
我が村の、冬の風景。
昨年年末に通った、週1回で2ヶ月間の写真コースは終わってしまったのだが、これからも試行錯誤しながら、引き続き写真を撮ってみようと、気になった光景に出くわすたびに、少しずつ写真を撮りためはじめた。
マダマダアマチュア写真だけれど、少しここでまとめて掲載。
我が家の羊さんたち。
朝日が昇った後の、我が家の羊さんたち。
とある都市部の小さな川沿いにて。
夕暮れの、我が家の羊さんたちと、教会。
冬に起こりがちなのだが、近くを流れる2つの大きな川の水位が上昇中!木や草が水に埋もれてしまっています。
マダマダアマチュア写真だけれど、少しここでまとめて掲載。
我が家の羊さんたち。
朝日が昇った後の、我が家の羊さんたち。
とある都市部の小さな川沿いにて。
夕暮れの、我が家の羊さんたちと、教会。
冬に起こりがちなのだが、近くを流れる2つの大きな川の水位が上昇中!木や草が水に埋もれてしまっています。
Saturday, 11 January 2014
小さな地域での人間関係の難しさ。
(少し振り返りでアップデート中)
オランダに移住してきて以来、自分の基盤作りへ最大限の力を注ぎつつ、牧場・家族のお手伝いが次の優先順位となってきていた、これまでの生活。そのため、家族以外の人間関係は、オランダの家族のお友達、オランダに来る前からお付き合いをしているお友達たち、自分のことをよく知っている家族・お友達のご紹介で知り合ったり&自分が一生懸命に力を入れるために通った学校でできたお友達たち、そしてこのブログを通じて知り合った皆さんが主だった。このため、国籍・置かれている環境・立場・歳は違えども、警戒する必要もなく、嫌な思いをすることもなく、楽しいお付き合いばかりであったのだが・・・
少しずつ定住をしてくると、自然と人との知り合いの機会が増えてきて、段々と人付き合いの難しさを感じることが出てきてしまった。特に国籍や出身地域が近いと、時折、少し過度かなと思える「期待感・幻想」を抱かれて、同じような言動や思考をするように期待されたり、近くに住む故に過剰にべったりと一緒にいたがられたりするケースに遭遇し始める。日本人らしい部分もありつつ、日本人女性的でなく、少し男の子的な性格も見え隠れする自分にとっては、少しつらく感じることも。。人を悪く思ってはいけないし、つっぱねてはいけないと思いつつも、少し降参気味・・・難しいものだ。
またこうしたやり取りを通じて感じたことなのだが(自分がたまたま出くわした少数派かもしれないのだが・・・)、何故同じ・類似するバックグラウンド出身者で固まりがちなのか・・・1つには、居住している地域にいる現地の人たちの中にうまく入っていけない或いは、その現地の人たちとの付き合いに楽しさを感じないからのよう?
勿論、全く入りこむ気持ちがない、関心がないのであれば、その意志を貫くのも一つ。ただ、地元でお友達や知り合いができない状況を、「自分は外国人だから差別されている」とか、「オランダ人はつまらない」など、理由を人に転嫁してしまっている場面に何度か遭遇。
でも果たしてそうなのだろうか。実際、昔のブログのポストでも触れたのだが、自分の出身地以外の地域から、全く新しい場所に引っ越してきたオランダ人でも、新しく住む始めた場所で人間関係を築くのに苦労するという話は、色々なところでも聞く。また例え他の欧州の地域出身の人であっても、同じ苦労話を聞く。ということは、少し被害者意識が強すぎたり、相手の土壌に飛び込む勇気・意志が少々薄かったり、同質性のもの以外は受け付けないという性格や気概の部分が邪魔をしたりしていないかな・・・なんて感じ始めた。
また、同じバックグラウンドの方々とばかり時間を過ごしている様子を見た現地の人たちから「彼女・彼は、自分たちといるより、同じ国籍の人たちといる方が好きみたいだから・・・」と、逆に遠慮をして近づかれていないというケースも見かけきた。何となく、勿体ないことをしていないかな・・・なんて感じる。
自分はというと、マダマダオランダ語も怪しいし、こうした時には日本人的な性格が顔を出して人との付き合い方がオランダ人的でなかったりする微妙さがあったりするのだが、有難いことに近所の方々から色々とお声がけいただく機会が増えてきた。誘いを受けても、少し弱気な一面が顔を出し(!)、「うーん、やっぱりオランダ語未だ下手だし、お茶のみにお邪魔しても、会話が途切れてばかりになって、相手が面白くないかも・・・」なんて思いつつも、最後は「えーい、行ってしまえ!」と行動を起こす。すると、想像に反して、お互い楽しい時間を過ごし、「また来てね~!」なんて笑顔でお別れ。
多分、1000人前後の村にポツリと移住してきた日本人という特殊な自分に敢えて声を掛けてくれるぐらいなので、相手の方の度量や関心が高いからという面に救われているという部分があると思う。ただ、差し出された手に乗ってみるという、身軽さ・勇気も必要なのかなと思う、今日この頃。
オランダに移住してきて以来、自分の基盤作りへ最大限の力を注ぎつつ、牧場・家族のお手伝いが次の優先順位となってきていた、これまでの生活。そのため、家族以外の人間関係は、オランダの家族のお友達、オランダに来る前からお付き合いをしているお友達たち、自分のことをよく知っている家族・お友達のご紹介で知り合ったり&自分が一生懸命に力を入れるために通った学校でできたお友達たち、そしてこのブログを通じて知り合った皆さんが主だった。このため、国籍・置かれている環境・立場・歳は違えども、警戒する必要もなく、嫌な思いをすることもなく、楽しいお付き合いばかりであったのだが・・・
少しずつ定住をしてくると、自然と人との知り合いの機会が増えてきて、段々と人付き合いの難しさを感じることが出てきてしまった。特に国籍や出身地域が近いと、時折、少し過度かなと思える「期待感・幻想」を抱かれて、同じような言動や思考をするように期待されたり、近くに住む故に過剰にべったりと一緒にいたがられたりするケースに遭遇し始める。日本人らしい部分もありつつ、日本人女性的でなく、少し男の子的な性格も見え隠れする自分にとっては、少しつらく感じることも。。人を悪く思ってはいけないし、つっぱねてはいけないと思いつつも、少し降参気味・・・難しいものだ。
またこうしたやり取りを通じて感じたことなのだが(自分がたまたま出くわした少数派かもしれないのだが・・・)、何故同じ・類似するバックグラウンド出身者で固まりがちなのか・・・1つには、居住している地域にいる現地の人たちの中にうまく入っていけない或いは、その現地の人たちとの付き合いに楽しさを感じないからのよう?
勿論、全く入りこむ気持ちがない、関心がないのであれば、その意志を貫くのも一つ。ただ、地元でお友達や知り合いができない状況を、「自分は外国人だから差別されている」とか、「オランダ人はつまらない」など、理由を人に転嫁してしまっている場面に何度か遭遇。
でも果たしてそうなのだろうか。実際、昔のブログのポストでも触れたのだが、自分の出身地以外の地域から、全く新しい場所に引っ越してきたオランダ人でも、新しく住む始めた場所で人間関係を築くのに苦労するという話は、色々なところでも聞く。また例え他の欧州の地域出身の人であっても、同じ苦労話を聞く。ということは、少し被害者意識が強すぎたり、相手の土壌に飛び込む勇気・意志が少々薄かったり、同質性のもの以外は受け付けないという性格や気概の部分が邪魔をしたりしていないかな・・・なんて感じ始めた。
また、同じバックグラウンドの方々とばかり時間を過ごしている様子を見た現地の人たちから「彼女・彼は、自分たちといるより、同じ国籍の人たちといる方が好きみたいだから・・・」と、逆に遠慮をして近づかれていないというケースも見かけきた。何となく、勿体ないことをしていないかな・・・なんて感じる。
自分はというと、マダマダオランダ語も怪しいし、こうした時には日本人的な性格が顔を出して人との付き合い方がオランダ人的でなかったりする微妙さがあったりするのだが、有難いことに近所の方々から色々とお声がけいただく機会が増えてきた。誘いを受けても、少し弱気な一面が顔を出し(!)、「うーん、やっぱりオランダ語未だ下手だし、お茶のみにお邪魔しても、会話が途切れてばかりになって、相手が面白くないかも・・・」なんて思いつつも、最後は「えーい、行ってしまえ!」と行動を起こす。すると、想像に反して、お互い楽しい時間を過ごし、「また来てね~!」なんて笑顔でお別れ。
多分、1000人前後の村にポツリと移住してきた日本人という特殊な自分に敢えて声を掛けてくれるぐらいなので、相手の方の度量や関心が高いからという面に救われているという部分があると思う。ただ、差し出された手に乗ってみるという、身軽さ・勇気も必要なのかなと思う、今日この頃。
Monday, 6 January 2014
とうとう写真コース終了。。
11月から通っていた写真コースが、本日で終了。
毎週違った写真手法・技法を学び、学んだことを試す・練習する宿題をし、お互いの作品(というほど大げさなものではないが!)を見て、先生・クラスメートからのコメント・アドバイスをもらいと、カルチャースクール的なものながら、沢山の学びと楽しみがあったコース。少しずつ年上のオランダ人クラスメイトさんたちとも打ち解けて、話ができるようになってきた途中なだけに、少し残念。
今週の宿題は、パノラマ写真と、最後のレポータージュ。マダマダ思ったように撮れない部分もありながらも、「Mooi!(美しい)」とお褒めの言葉をもらうと、ちょっと嬉しい。
ということで、最後の作品(!?)を少し掲載。
我が村にある堤防沿いの夕方の風景。まっすぐな地平線、堤防・風車・教会などが入り、オランダ人から「忘れがちな、典型的な古きよきオランダの綺麗な風景!」と褒めていただく!
レポタージュ 自分で選んだ活動・イベントを、最大5枚の写真を使って表現するという最後の締めとなる宿題。今回、「羊のお引越し」をテーマに提出 :)
毎週違った写真手法・技法を学び、学んだことを試す・練習する宿題をし、お互いの作品(というほど大げさなものではないが!)を見て、先生・クラスメートからのコメント・アドバイスをもらいと、カルチャースクール的なものながら、沢山の学びと楽しみがあったコース。少しずつ年上のオランダ人クラスメイトさんたちとも打ち解けて、話ができるようになってきた途中なだけに、少し残念。
今週の宿題は、パノラマ写真と、最後のレポータージュ。マダマダ思ったように撮れない部分もありながらも、「Mooi!(美しい)」とお褒めの言葉をもらうと、ちょっと嬉しい。
ということで、最後の作品(!?)を少し掲載。
我が村にある堤防沿いの夕方の風景。まっすぐな地平線、堤防・風車・教会などが入り、オランダ人から「忘れがちな、典型的な古きよきオランダの綺麗な風景!」と褒めていただく!
レポタージュ 自分で選んだ活動・イベントを、最大5枚の写真を使って表現するという最後の締めとなる宿題。今回、「羊のお引越し」をテーマに提出 :)
Thursday, 2 January 2014
家族でのお誕生日会。
年が明けて2日目。日本に居た頃は、いつもお正月で学校や仕事は必ずお休みだったはずの誕生日だが、今年は人生初めて(大げさ!)会社で普通にお仕事。
とはいえ、特に誕生日を大事にする(?)オランダ人同僚たちからの「誕生日なんだから、早く帰っていいよ!」の声を後押しに、少し早めに帰宅。そして、何と同じ誕生日の我がパートナーの弟との、家族プラスアルファで少し落ち着いた形での合同お誕生日会!
オランダでの誕生日パーティーは、自己開催が基本。でも、合同ホスト(!)の我がパートナーの弟君は仕事がオフ。そして会場も彼の自宅ということで、買出し&準備を進めておいてくれ、結局はホストというより、多少もてなされる側へ。
2-3週間に1度位は、たまたまタイミングが重なり、両親+3兄弟+各パートナーが一同に介する時間も少しあるものの、こうして落ち着いて全員が最初から勢ぞろいするのは久しぶり。何となく、そのそろい振りを見て、彼の両親が嬉しそうにしている様子を嬉しく感じる。またそれと同時に、異国の地から来て、言葉もまだ難があり、コミュニケーションが難しいこともありながら、温かくいつも迎えてくれるこのオランダの家族に本当に感謝の気持ちが一杯に。
また友人たちから、メールや電話でのお祝いをいただき、年始の忙しいなか、本当に嬉しく感じる。本当に有難うです! :)
とはいえ、特に誕生日を大事にする(?)オランダ人同僚たちからの「誕生日なんだから、早く帰っていいよ!」の声を後押しに、少し早めに帰宅。そして、何と同じ誕生日の我がパートナーの弟との、家族プラスアルファで少し落ち着いた形での合同お誕生日会!
オランダでの誕生日パーティーは、自己開催が基本。でも、合同ホスト(!)の我がパートナーの弟君は仕事がオフ。そして会場も彼の自宅ということで、買出し&準備を進めておいてくれ、結局はホストというより、多少もてなされる側へ。
2-3週間に1度位は、たまたまタイミングが重なり、両親+3兄弟+各パートナーが一同に介する時間も少しあるものの、こうして落ち着いて全員が最初から勢ぞろいするのは久しぶり。何となく、そのそろい振りを見て、彼の両親が嬉しそうにしている様子を嬉しく感じる。またそれと同時に、異国の地から来て、言葉もまだ難があり、コミュニケーションが難しいこともありながら、温かくいつも迎えてくれるこのオランダの家族に本当に感謝の気持ちが一杯に。
また友人たちから、メールや電話でのお祝いをいただき、年始の忙しいなか、本当に嬉しく感じる。本当に有難うです! :)
Wednesday, 1 January 2014
2013⇒2014年への年越し。
ここ最近、いつも旅先(ゴア、八甲田山、ニュージーランド、アムステルダム!)で年を越してきたこともあり、たまには自宅でしっぽりと年を明かそうと計画した13-14年の年越し。
年を越すカウントダウンの少し前までは、同じ村に住む我がパートナー家族・親戚とワイワイと話をし、11時半を超えたところで自宅へ戻る。そして、静寂のなか、シャンパンをあけて新年を迎える・・・・はすが!
12時をまわったところで、同じ村・隣村、あちらこちらどの方面からも、物凄い爆竹のような音が鳴り響く!そう、オランダでは12月31日~1月1日の一定の時間まで、個人で花火を購入し、楽しむことができる。ただ、日本のような「可愛らしい」花火ではなく、それぞれが規模も音も大きい。。最初の1-2つは、「きれい!」と言っていられるのだが、あまりに四方八方であがり、20-30分ほど鳴り止まない。更にはこの音にびっくりした犬たちが、方々で吼え始める。さながら戦争のよう。。
更にはニュース番組では連日、決められた日以外に花火をやってしまっている状況、種類によってや過激化している花火目や手を怪我する人が増える話、車や警察官に向かって花火をあげて逮捕者が続出する話まで、花火関連のニュースで持ちきり。そしてこうした話は他人事ではなく、昨年も今年も、村の悪がき少年たちがグループになって、村中を練り歩き、ターゲットを見つけては、爆竹を投げつける光景。自分も昨年は、歩いていただけで「中国人~!」と花火を投げつけられ、今年はパートナーが運転する車に向かって爆竹を投げつけられ(運転者が誰であろうとも無差別にやっていたからだけれど・・・)。少し度が過ぎているように感じるのは。。(歳?)
ただ欧州に滞在する友人たちのアップデートを見ていると、過激さは違うかもしれないが、いくつかの欧州の他の国も同じ様子?ということは、ほんの少しでも静かに過ごすためには、欧州以外の海外に逃げるしかないのかな?なんちゃって。
年を越すカウントダウンの少し前までは、同じ村に住む我がパートナー家族・親戚とワイワイと話をし、11時半を超えたところで自宅へ戻る。そして、静寂のなか、シャンパンをあけて新年を迎える・・・・はすが!
12時をまわったところで、同じ村・隣村、あちらこちらどの方面からも、物凄い爆竹のような音が鳴り響く!そう、オランダでは12月31日~1月1日の一定の時間まで、個人で花火を購入し、楽しむことができる。ただ、日本のような「可愛らしい」花火ではなく、それぞれが規模も音も大きい。。最初の1-2つは、「きれい!」と言っていられるのだが、あまりに四方八方であがり、20-30分ほど鳴り止まない。更にはこの音にびっくりした犬たちが、方々で吼え始める。さながら戦争のよう。。
更にはニュース番組では連日、決められた日以外に花火をやってしまっている状況、種類によってや過激化している花火目や手を怪我する人が増える話、車や警察官に向かって花火をあげて逮捕者が続出する話まで、花火関連のニュースで持ちきり。そしてこうした話は他人事ではなく、昨年も今年も、村の悪がき少年たちがグループになって、村中を練り歩き、ターゲットを見つけては、爆竹を投げつける光景。自分も昨年は、歩いていただけで「中国人~!」と花火を投げつけられ、今年はパートナーが運転する車に向かって爆竹を投げつけられ(運転者が誰であろうとも無差別にやっていたからだけれど・・・)。少し度が過ぎているように感じるのは。。(歳?)
ただ欧州に滞在する友人たちのアップデートを見ていると、過激さは違うかもしれないが、いくつかの欧州の他の国も同じ様子?ということは、ほんの少しでも静かに過ごすためには、欧州以外の海外に逃げるしかないのかな?なんちゃって。
Tuesday, 31 December 2013
2013年の振り返り。
オランダに来て約2年が終わりに近づきつつある、2013年の大晦日。オランダに来た頃も、そして来た後も、色々な波乱があったのだが、思えば2013年も盛りだくさんな年となった。
不安定な身分が続き、自分なりには頑張っているつもりでも色々なことが思うように進まず、精神的に少し追い詰められ気味になることも多々あった2013年の最初の3ヶ月。
その不安定な状態ながら、少しでも何かをつかみたいと、オランダ語の集中コースを繰り返し、停滞時期が長く続きつつも、最後に多少のブレークスルーが起こり、ほんの少しだけ精神的に浮上しかけた春先。
そして全く目標からはずしていたのだが、少しこの自信で勢いつけ、少し骨休みをした後、最後のオランダ語コースに挑む。これまたかなり苦しみながらも、夏直前に無事コースを卒業し、オランダで初めての「Certification」を得る。
勉強と並行していた仕事探しは、うまく行きかけたりしつつも、結局最後は話がぼしゃり、停滞状態が長く続く。そうこうしているうちに、急遽家の購入話が浮かび上がり、短期間での引越し。
引越しが終わるまでの半年と少しの間が、密度の濃い時間だっただけに、引越しが終わった後、新しい居住地となった小さな村で、居所がつかめなかったり、やることがなかったり、自分の車がなくどこにもでかけることができず、これまた別の意味で精神的に追い詰められた時間を過ごす日々が続く。
気持ち的に落ちるところまで落ちたところで、周りの人たちに支えられながら、少しやっと踏ん切りがつき、自分自身を見つめなおしたり、自分の頭で考えて行動ができるようになってきたところで、やっと自分らしさを取り戻す。そして、どう表現してよいか分からないのだが、重く分厚いドアが少しずつ開くような感覚を感じていたところで、期間限定の仕事が決まり、働きはじめる。
こうした、プログレス的にも、精神的にもアップ&ダウンが激しい1年だったのだが、こうした状態を経て、改めて過去に出逢った・掛けられた言葉が幾つか思い浮かぶ。
1つは、英国留学を終えた際に、インド人の親友のお母さんに掛けてもらった言葉。「何か悲しいこと、残念なことがあっても、それと同時に何か新しいことが起こっているので、いつまでも閉じこもらず、ポジティブな面を見て前を向いて歩くこと」
そして次に、同じく英国留学中にできた、別のインド人の親友に掛けてもらった言葉。「難しいこと・困ったことが起こっても、必ず解決するソリューションはある。だから、あきらめないで」と。
また、スティーブ・ジョブズが亡くなられた際に、追悼特集で出会った彼の言葉。アメリカのスタンフォード大学(確か・・・)の卒業式に招待されて、卒業生に向けて送った言葉のうちの1つ。「自分の心と直感に従う勇気を持つことが大事である」他人にさもや正しいかのように言われることよりも、自分の頭で考え抜いている過程で出てくる直感の方が実は正しいことが多いように感じる。少なくとも、それに従った方が、自分自身に後悔もない。
最後に、「De aanhouder wint」というオランダの言い伝え。意味するところは、これだと思ったことに対し、あきらめずに頑張っている人は、最終的にゴールを達成する。例え他人に、「そんなに頑張らなくても・・・」とか、「どうやっても無理」と言われようとも、上記とも被るが自分が信念をつらぬくべきと感じたことは、やってみるべしかなと感じる。自分にとっては、オランダ語の習得と仕事探しにおいては、まさに上記の幾つかの言葉が当てはまるように感じる。
とはいえ、何となくうまく行き始めているように見えることも、その先はどうなるか分からない。正直来年2014年にはどうなってしまうか不安もかなりある。また2012-13年と、自分が想定もしないことが幾つも起こり、また何かが起こってしまうのでは・・・と多少考えてしまったりすることがあったり。
でも、もし全てが安定しているかのように見える状態にあると、途端にだらけてしまう呑気な性格なので、これくらい常に緊張感を持って道を切り開く必要性がある状態にあった方が、生き抜く力がついてよいのかもしれない。
2014年がどのような1年になるのか。不安が先立つことの方が多いものの、毎日これからは焦りすぎず、前を向いて歩き、小さな一歩となろうとも前に進めることを幸せに感じながら、過ごせるといいな・・・と感じる。
・・・など、とりとめなくなってしまったので、2013年最後のブログ記事はここで終わり。皆さんにとっても、どのようなことがあろうとも、2014年が実り多き、素敵な年となりますように!
不安定な身分が続き、自分なりには頑張っているつもりでも色々なことが思うように進まず、精神的に少し追い詰められ気味になることも多々あった2013年の最初の3ヶ月。
その不安定な状態ながら、少しでも何かをつかみたいと、オランダ語の集中コースを繰り返し、停滞時期が長く続きつつも、最後に多少のブレークスルーが起こり、ほんの少しだけ精神的に浮上しかけた春先。
そして全く目標からはずしていたのだが、少しこの自信で勢いつけ、少し骨休みをした後、最後のオランダ語コースに挑む。これまたかなり苦しみながらも、夏直前に無事コースを卒業し、オランダで初めての「Certification」を得る。
勉強と並行していた仕事探しは、うまく行きかけたりしつつも、結局最後は話がぼしゃり、停滞状態が長く続く。そうこうしているうちに、急遽家の購入話が浮かび上がり、短期間での引越し。
引越しが終わるまでの半年と少しの間が、密度の濃い時間だっただけに、引越しが終わった後、新しい居住地となった小さな村で、居所がつかめなかったり、やることがなかったり、自分の車がなくどこにもでかけることができず、これまた別の意味で精神的に追い詰められた時間を過ごす日々が続く。
気持ち的に落ちるところまで落ちたところで、周りの人たちに支えられながら、少しやっと踏ん切りがつき、自分自身を見つめなおしたり、自分の頭で考えて行動ができるようになってきたところで、やっと自分らしさを取り戻す。そして、どう表現してよいか分からないのだが、重く分厚いドアが少しずつ開くような感覚を感じていたところで、期間限定の仕事が決まり、働きはじめる。
こうした、プログレス的にも、精神的にもアップ&ダウンが激しい1年だったのだが、こうした状態を経て、改めて過去に出逢った・掛けられた言葉が幾つか思い浮かぶ。
1つは、英国留学を終えた際に、インド人の親友のお母さんに掛けてもらった言葉。「何か悲しいこと、残念なことがあっても、それと同時に何か新しいことが起こっているので、いつまでも閉じこもらず、ポジティブな面を見て前を向いて歩くこと」
そして次に、同じく英国留学中にできた、別のインド人の親友に掛けてもらった言葉。「難しいこと・困ったことが起こっても、必ず解決するソリューションはある。だから、あきらめないで」と。
また、スティーブ・ジョブズが亡くなられた際に、追悼特集で出会った彼の言葉。アメリカのスタンフォード大学(確か・・・)の卒業式に招待されて、卒業生に向けて送った言葉のうちの1つ。「自分の心と直感に従う勇気を持つことが大事である」他人にさもや正しいかのように言われることよりも、自分の頭で考え抜いている過程で出てくる直感の方が実は正しいことが多いように感じる。少なくとも、それに従った方が、自分自身に後悔もない。
最後に、「De aanhouder wint」というオランダの言い伝え。意味するところは、これだと思ったことに対し、あきらめずに頑張っている人は、最終的にゴールを達成する。例え他人に、「そんなに頑張らなくても・・・」とか、「どうやっても無理」と言われようとも、上記とも被るが自分が信念をつらぬくべきと感じたことは、やってみるべしかなと感じる。自分にとっては、オランダ語の習得と仕事探しにおいては、まさに上記の幾つかの言葉が当てはまるように感じる。
とはいえ、何となくうまく行き始めているように見えることも、その先はどうなるか分からない。正直来年2014年にはどうなってしまうか不安もかなりある。また2012-13年と、自分が想定もしないことが幾つも起こり、また何かが起こってしまうのでは・・・と多少考えてしまったりすることがあったり。
でも、もし全てが安定しているかのように見える状態にあると、途端にだらけてしまう呑気な性格なので、これくらい常に緊張感を持って道を切り開く必要性がある状態にあった方が、生き抜く力がついてよいのかもしれない。
2014年がどのような1年になるのか。不安が先立つことの方が多いものの、毎日これからは焦りすぎず、前を向いて歩き、小さな一歩となろうとも前に進めることを幸せに感じながら、過ごせるといいな・・・と感じる。
・・・など、とりとめなくなってしまったので、2013年最後のブログ記事はここで終わり。皆さんにとっても、どのようなことがあろうとも、2014年が実り多き、素敵な年となりますように!
Sunday, 29 December 2013
密度の濃かったクリスマス週間。
少し牧場の繁忙期と重なりつつも、クリスマスの週!ということで、夜は、これまでより少し我がパートナーの家族との時間を取ったり、なかなか会えずじまいになっていた、数少ないながら、いつの間やら自分もすっかり仲良くさせていただいている、彼の昔からの親友たちや同僚カップルたちとの時間を持ったりで、あっという間に時間が過ぎていく。
そしていつも、我がパートナー共々の反省。それは、会社勤めと牧場の二束のわらじで、時間がいつもタイトであるとはいえ、本当に大切な友人たちや家族との付き合いには、自分たちの時間を本気で投資しないとね・・・ということ。お互い忙しいので、頻繁に会うのは難しいけれど、時間と機会は作るものかなと。
今回も、どのカップルとの再会や、家族の時間は本当に楽しく、意義深かったのだが、特に自分とかなりバックグラウンドが重なるカップル(何と、働いていた国・オフィスは違うのだが、自分の過去の勤務会社2社にそれぞれが勤めていた上、所属グループまで一緒!)との再会は、格別な時間となった。自分より、出身地のお国柄・言葉・個人としての性格的に、大分オランダにうまく溶け込みやすいのではと思っていた奥様の、これまで・そしていまだ続く苦労と、それを乗り越えるための試行錯誤にも驚きつつも、学びになった。またそうした「移民系」の特殊な話以外でも、やはり国は違えど同じカルチャーのなかで仕事をしてきただけあり、考えるツボや面白いと感じるツボが似ているからか、本当に驚くほど話はとりとめなく続いていった。
改めて、こうして違った国の人たちとお付き合いして、楽しいと思えるように感じることができるのは、英国に留学したときの人生の学びが大きいように感じる。人としての価値観が近かったり、ハートの温かさがある人とは、国・文化・宗教を超えて、本当に深い友情関係を持てるということ。オランダ人だからこう、何人だからこうといった決め付けや偏見を持たずに、人対人として付き合いのできる人たちとの関係性は、本当に大事にしていきたいなと改めて感じる。またそれと同時に、こうして時間をとって時を過ごさせてもらえる友人たちに感謝!
Friday, 27 December 2013
クリスマス休暇と牧場と。
今週は、ほんの少しもらえた有給休暇を活用して、お仕事はお休み。そう話をすると、同僚たちから「どこかに旅行にでるの?」などと聞かれたりするのだが、兼業中の牧場のお仕事があり、心身共に100%リラックス!とはいかず。生き物を相手にする仕事(趣味?)はやはり大変。
現在妊娠をしている母羊のグループ(80頭近く)と、今年生まれた子羊(といってもほぼ大人に近い)のグループ(60頭近く)がいるのだが、気候的にも、食べ物の質的にも、未だ外で生活する方が良いらしく、幾つかのグループに分けて、放牧。ただ当然ながら、どんどん草を食べてしまうので、ある程度の期間が過ぎると、草が食べられる状態ではなくなり、新しい場所に放牧しなくてはならない。この「羊のお引越し」周期が、運悪く(!)今週に集中。そのような訳で、日の出ている午前・午後は、新しい放牧地の整頓や、羊の移動などで時間があっという間に過ぎていく。
ただ牧場での忙しさは、オフィスでの仕事とは違い、外を歩き回ったり、羊と戯れたり(!?)のため、気持ち的にはリフレッシュ。
そして「仕事」としての部分以外で、これまで育ててきた足にハンディキャップのあるPatriciaとも多少時間をとって戯れてみたり。今は、比較的遅く生まれた茶色の普通の子羊と一緒に暮らさせているのだけれど、この「同居人」の子羊が非常に性格がよい。時折羊によっては、自分中心で(動物だから当たり前?)、アグレッシブなものもいるのだが、ハンディキャップがあっていつも少し動きの遅いPatriciaを「姉貴分」のように慕ったり、気遣ったり。そうした優しい子羊と一緒であるからか、Patriciaもすっかり自然体で過ごせている様子。とても嬉しい。
少し昔の写真も含めてになるのですが、そのようなほほえましい二人の様子を少しご紹介。
自分を見つけると寄ってくるPatriciaではあるのだが、実は水たまりが苦手。近づきたい気持ちと、水たまりを恐れる気持ちとの間で葛藤中のPatricia・・・そしてその後ろでじっとPatriciaの動きを待つ茶色い子羊ちゃん。
じゃれあう二人!
自分がPatriciaの背中を撫でると、Patriciaが気持ち良さそうに寝そべっている様子を、じーっと観察していた茶色い子羊ちゃん。自分が離れたところで、やおらPatriciaに近づき、自分の頭で、Patriciaの背中を撫で始める!
これは今週のPatirica!久しぶりに晴れた日となり、前足を前に投げ出して、リラックスした様子!
おまけ。
現在妊娠をしている母羊のグループ(80頭近く)と、今年生まれた子羊(といってもほぼ大人に近い)のグループ(60頭近く)がいるのだが、気候的にも、食べ物の質的にも、未だ外で生活する方が良いらしく、幾つかのグループに分けて、放牧。ただ当然ながら、どんどん草を食べてしまうので、ある程度の期間が過ぎると、草が食べられる状態ではなくなり、新しい場所に放牧しなくてはならない。この「羊のお引越し」周期が、運悪く(!)今週に集中。そのような訳で、日の出ている午前・午後は、新しい放牧地の整頓や、羊の移動などで時間があっという間に過ぎていく。
ただ牧場での忙しさは、オフィスでの仕事とは違い、外を歩き回ったり、羊と戯れたり(!?)のため、気持ち的にはリフレッシュ。
そして「仕事」としての部分以外で、これまで育ててきた足にハンディキャップのあるPatriciaとも多少時間をとって戯れてみたり。今は、比較的遅く生まれた茶色の普通の子羊と一緒に暮らさせているのだけれど、この「同居人」の子羊が非常に性格がよい。時折羊によっては、自分中心で(動物だから当たり前?)、アグレッシブなものもいるのだが、ハンディキャップがあっていつも少し動きの遅いPatriciaを「姉貴分」のように慕ったり、気遣ったり。そうした優しい子羊と一緒であるからか、Patriciaもすっかり自然体で過ごせている様子。とても嬉しい。
少し昔の写真も含めてになるのですが、そのようなほほえましい二人の様子を少しご紹介。
自分を見つけると寄ってくるPatriciaではあるのだが、実は水たまりが苦手。近づきたい気持ちと、水たまりを恐れる気持ちとの間で葛藤中のPatricia・・・そしてその後ろでじっとPatriciaの動きを待つ茶色い子羊ちゃん。
じゃれあう二人!
自分がPatriciaの背中を撫でると、Patriciaが気持ち良さそうに寝そべっている様子を、じーっと観察していた茶色い子羊ちゃん。自分が離れたところで、やおらPatriciaに近づき、自分の頭で、Patriciaの背中を撫で始める!
これは今週のPatirica!久しぶりに晴れた日となり、前足を前に投げ出して、リラックスした様子!
おまけ。
Monday, 23 December 2013
オランダの不況も底打ち傾向?
オランダに移住してきて以来、ずっとどんよりとした景気感にあったオランダ。
自分の身近なところでは、Linkdeinのサイトにて、幾つかの会社の求人情報がページにほんのわずかしかポストされていないとか、情報就職活動を通じて会ったリーダーの方々に、「4-5年前に来ていれば、非欧州系のバックグラウンドで難しいなりにも、もう少し早くポジションが得られたかもね」と言われることがあったり。
一方で、上記のLinkdeinのサイトにアップされる求人情報数が、職種・業種にもよるのだが、ここ2-3ヶ月格段に増えてきたり、ビジネスの現場の人たちから明るい兆しの情報を聞いていたので、もしかしたらと思っていたところ。オランダの首相自らが、不景気が底を打ったといったようなメッセージを発信したり、新聞でもここ数日、幾つかのFactを示しつつ、回復傾向にあるという論調の記事が目立ってきた。
多少上向き傾向になりはじめた段階なので、急激な変化はないかもしれないが、それでも内向き・マイナス減点方式の人材採用から、「Diversity」をあえて受け入れる余地のある採用が増えてくるかも?なんて少し期待を寄せて見たり。
ということで、来年はどんなお仕事の年になるか・・・少し前向きになることを願って!
自分の身近なところでは、Linkdeinのサイトにて、幾つかの会社の求人情報がページにほんのわずかしかポストされていないとか、情報就職活動を通じて会ったリーダーの方々に、「4-5年前に来ていれば、非欧州系のバックグラウンドで難しいなりにも、もう少し早くポジションが得られたかもね」と言われることがあったり。
一方で、上記のLinkdeinのサイトにアップされる求人情報数が、職種・業種にもよるのだが、ここ2-3ヶ月格段に増えてきたり、ビジネスの現場の人たちから明るい兆しの情報を聞いていたので、もしかしたらと思っていたところ。オランダの首相自らが、不景気が底を打ったといったようなメッセージを発信したり、新聞でもここ数日、幾つかのFactを示しつつ、回復傾向にあるという論調の記事が目立ってきた。
多少上向き傾向になりはじめた段階なので、急激な変化はないかもしれないが、それでも内向き・マイナス減点方式の人材採用から、「Diversity」をあえて受け入れる余地のある採用が増えてくるかも?なんて少し期待を寄せて見たり。
ということで、来年はどんなお仕事の年になるか・・・少し前向きになることを願って!
Sunday, 22 December 2013
ついにクリスマスツリー購入!
クリスマスが近づくと、徐々に各家庭の窓、お庭には、それぞれが趣向を凝らしたクリスマスの飾りつけやライトで華やいでくるなか、地味にほとんど飾り付けなくきてしまった我が家。
昨年借家住まいの際にも、クリスマスツリー購入を計画しかけたのだが、結局決断がつかず、何も買わずに終わった。本物のクリスマスの木は安いし、雰囲気もよいように思うのだが、クリスマスが終わった後、お庭に埋めるか、捨てるかの処理が必要になる。一方、人工のツリーは、高かったり、何となく見栄えがイマイチのものがあったりで、踏ん切りがつかずじまい。家を購入した今年こそはと思いつつ、今年もお流れになりかけたその時。
それでも少しはクリスマスらしい飾り付けをしたいと立ち寄った、近所の村の少しおしゃれめなガーデンセンターようなところにて、何とクリスマス直前につき、様々なクリスマスグッズがほぼ半額近くまで値下がり。そして、しっかりとした出来の人工クリスマスツリーも、しっかりセール価格つき。ということで、飾る期間が少なくなってしまうものの、ついに購入!
色々なキレイナ飾り物も・・・と思ったものの、大分売り切れてしまっているのと、あまり最初からごちゃごちゃ飾ってもと、今年は本当に気に入ったものだけを購入して、シンプルに飾りつけ。
来年はもう少し、色々な飾り付けを少し観察して、少しずつ自分たちらしいスタイルを確立していけたらな・・・なんて。
夜のクリスマスツリー。
明け方のクリスマスツリー。
昨年借家住まいの際にも、クリスマスツリー購入を計画しかけたのだが、結局決断がつかず、何も買わずに終わった。本物のクリスマスの木は安いし、雰囲気もよいように思うのだが、クリスマスが終わった後、お庭に埋めるか、捨てるかの処理が必要になる。一方、人工のツリーは、高かったり、何となく見栄えがイマイチのものがあったりで、踏ん切りがつかずじまい。家を購入した今年こそはと思いつつ、今年もお流れになりかけたその時。
それでも少しはクリスマスらしい飾り付けをしたいと立ち寄った、近所の村の少しおしゃれめなガーデンセンターようなところにて、何とクリスマス直前につき、様々なクリスマスグッズがほぼ半額近くまで値下がり。そして、しっかりとした出来の人工クリスマスツリーも、しっかりセール価格つき。ということで、飾る期間が少なくなってしまうものの、ついに購入!
色々なキレイナ飾り物も・・・と思ったものの、大分売り切れてしまっているのと、あまり最初からごちゃごちゃ飾ってもと、今年は本当に気に入ったものだけを購入して、シンプルに飾りつけ。
来年はもう少し、色々な飾り付けを少し観察して、少しずつ自分たちらしいスタイルを確立していけたらな・・・なんて。
夜のクリスマスツリー。
明け方のクリスマスツリー。
Saturday, 21 December 2013
オランダでの仕事探しに関する、小さな学び。
思えば、力の入れ具合が違う時期もありつつ、オランダでのポジション探しをして2年弱。オランダ人のパートナーが居るとはいえ、彼自身も海外での勤務が長く、オランダでの就職活動事情に疎かったり、ネットワークが限られており、本当に手探り状態での活動であった。
そのような試行錯誤なことで、未だこれといった確立した活動手法が出来たわけではないのだが、今回この短期契約のポジションを得られるまで、そして得られた後の仕事中でのやりとりを通じて感じたこと、学んだことを少し改めてダイジェストで書いてみようと思う。(これまでも、時折このブログ内に書いてはいたので、多生かぶった内容になります!)
まず、日本でもそうだが、オランダにも転職活動をサポートするエージェンシー、ヘッドハンター企業があったり、派遣会社が幾つもある。ただ、これらの会社の「コンサルタント」や「リクルーター」と呼ばれる人たちは、大体は定型的なプロファイルの人たちは得意としても、少し変わった毛色・経歴の人たちをサポートするのにはあまり好意的でなかったり、向いていないように感じた。もしかしたら特にこの5年間不況で、オランダ人でも仕事探しが大変な時期であることもあり、扱う求職者数が多いからかもしれないが、ちょっとでも「マイナス」要素になる経歴やバックグランドを持っているだけで、はじかれてきた。また残念ながら、この傾向は企業内のリクルーターもしかり。
例えば、日本・アジアでのマネジャー職の経験を持った上で活動をすると、同じマネジャーレベルの仕事をアプライすると、「オランダ・欧州の経歴がないから、無理です」。イギリスの大学院を修了していること、日本・アジアが中心とはいえ、それなりのアメリカ企業で働いていた経験があることを伝えても、なしのつぶて。ではと、派遣の会社に行くと、やはり「オランダ語で仕事をした経験がないのでダメ」だの、「あなたの学歴のレベルにあう仕事ではない」と却下。それでも何とか履歴書を見てくれたリクルーターからは、「うーん。確かに良い経験を持っているのは認めるけれど、『アジアOr日本』と書かれているので難しいのだよね。日本企業のオランダオフィスで仕事を探すしかないと思う」とサポートを断られる。また既に職を持っているアジア系の知人たちからも、「自分の国籍を活かせる仕事しか、ここではできないから、日本企業に応募するべきだ」と強く言われることも。
でも、本当に一部の企業にアプローチしたのみなので、全てに当てはまる訳ではないと思うのだけれど、日系の企業さんにあたってみても、無視されるか、「ここまでの経験は求めていません」とお断り。。確かに、自分が本当にやりたいことや、自分がこれまでに積み上げてきたものが活かせるポジションではないだけに、当たり前といえば当たり前なのである。ただあまりに道が開けないでいたため、長年就職支援をしている「専門家」のリクルーターや、オランダで仕事をしてきた経験なるアジア系の人たちのアドバイスなだけに、それしか道はないのかな・・・なんて弱気になって、こうしたアドバイスを一時真に受けはじめていた。でもやはり、全くの未知の市場であれど、やはり自分の頭で考えて道理がいなないことや、自分が本当にやりたいことでないことには、道が開けないのかなと感じる。
そして結局、当たって砕けろ!と、この人であればもしかしたら・・・と感じた人たちにアプローチし、会っていただくたびに、「日本人なのだから、日本というキーワードにつながる場所以外で働く道はない」という考えは、すこしうがった考え方なのではと感じてしまった。大事なのは、国籍で判断せず、自分がしてきた経験をRespectしたり、どうやってこうした「多様な」人材を活かせるかと前向きな思考を持っているリーダー・上司に行き当たること。そうそう沢山はいないけれど、それでもゼロではない。今回の活動で、リクルーターではなく、現場のこうしたリーダーたちに出逢ってこれは強く感じた。
ちなみに、長年インターナショナル企業向けに、インターナショナル人材の採用をサポートしてきているエージェンシーのリクルーターで、やはり「いい経験はしているけれど、日本での経験しかないあなたはちょっと難しい」と言った方に、仕事上で再会。自分の現在の上司は、このリクルーター氏は、他の典型的なリクルーターとは違い、比較的柔軟なアプローチ・考え方で、自分のような経歴の人でも、彼なら将来サポートしてくれるからよい関係性を築いておくとよいよと言われたので、「実は、以前に活動中にあった時には、↑のように言われたよ」と伝えると、「え、彼さえもそんなことを言ったのか」とショックを受けられた。
そして実際に再会した際に言われたこと。「短期とはいえ、一体この会社のこのポジションにどうやって行き着けたのか?」と異常に驚かれた。更には、「短期でも、今回こうしたポジションで仕事を出来たことで、次は見つけ易くなるよ。是非次はサポートするよ」と。うーん。。欧州では、一度どんなレベルであれども、居住国か少なくとも欧州域内の経験をつけると対応が変わるとは、色々な友人・知人から言われてはいたのだが、本当なのかも・・・と改めて感じたり。
とはいえ、実際に今の仕事が終わった後、この短期の機会だけで、世界が劇的に変わるとは思えず、本当に次が見つかるのか、正直言うととても不安もある。でもあまり先の不安を考えずに、一歩一歩今開けてきたことを頑張るのみかな・・・なんて。
そのような試行錯誤なことで、未だこれといった確立した活動手法が出来たわけではないのだが、今回この短期契約のポジションを得られるまで、そして得られた後の仕事中でのやりとりを通じて感じたこと、学んだことを少し改めてダイジェストで書いてみようと思う。(これまでも、時折このブログ内に書いてはいたので、多生かぶった内容になります!)
まず、日本でもそうだが、オランダにも転職活動をサポートするエージェンシー、ヘッドハンター企業があったり、派遣会社が幾つもある。ただ、これらの会社の「コンサルタント」や「リクルーター」と呼ばれる人たちは、大体は定型的なプロファイルの人たちは得意としても、少し変わった毛色・経歴の人たちをサポートするのにはあまり好意的でなかったり、向いていないように感じた。もしかしたら特にこの5年間不況で、オランダ人でも仕事探しが大変な時期であることもあり、扱う求職者数が多いからかもしれないが、ちょっとでも「マイナス」要素になる経歴やバックグランドを持っているだけで、はじかれてきた。また残念ながら、この傾向は企業内のリクルーターもしかり。
例えば、日本・アジアでのマネジャー職の経験を持った上で活動をすると、同じマネジャーレベルの仕事をアプライすると、「オランダ・欧州の経歴がないから、無理です」。イギリスの大学院を修了していること、日本・アジアが中心とはいえ、それなりのアメリカ企業で働いていた経験があることを伝えても、なしのつぶて。ではと、派遣の会社に行くと、やはり「オランダ語で仕事をした経験がないのでダメ」だの、「あなたの学歴のレベルにあう仕事ではない」と却下。それでも何とか履歴書を見てくれたリクルーターからは、「うーん。確かに良い経験を持っているのは認めるけれど、『アジアOr日本』と書かれているので難しいのだよね。日本企業のオランダオフィスで仕事を探すしかないと思う」とサポートを断られる。また既に職を持っているアジア系の知人たちからも、「自分の国籍を活かせる仕事しか、ここではできないから、日本企業に応募するべきだ」と強く言われることも。
でも、本当に一部の企業にアプローチしたのみなので、全てに当てはまる訳ではないと思うのだけれど、日系の企業さんにあたってみても、無視されるか、「ここまでの経験は求めていません」とお断り。。確かに、自分が本当にやりたいことや、自分がこれまでに積み上げてきたものが活かせるポジションではないだけに、当たり前といえば当たり前なのである。ただあまりに道が開けないでいたため、長年就職支援をしている「専門家」のリクルーターや、オランダで仕事をしてきた経験なるアジア系の人たちのアドバイスなだけに、それしか道はないのかな・・・なんて弱気になって、こうしたアドバイスを一時真に受けはじめていた。でもやはり、全くの未知の市場であれど、やはり自分の頭で考えて道理がいなないことや、自分が本当にやりたいことでないことには、道が開けないのかなと感じる。
そして結局、当たって砕けろ!と、この人であればもしかしたら・・・と感じた人たちにアプローチし、会っていただくたびに、「日本人なのだから、日本というキーワードにつながる場所以外で働く道はない」という考えは、すこしうがった考え方なのではと感じてしまった。大事なのは、国籍で判断せず、自分がしてきた経験をRespectしたり、どうやってこうした「多様な」人材を活かせるかと前向きな思考を持っているリーダー・上司に行き当たること。そうそう沢山はいないけれど、それでもゼロではない。今回の活動で、リクルーターではなく、現場のこうしたリーダーたちに出逢ってこれは強く感じた。
ちなみに、長年インターナショナル企業向けに、インターナショナル人材の採用をサポートしてきているエージェンシーのリクルーターで、やはり「いい経験はしているけれど、日本での経験しかないあなたはちょっと難しい」と言った方に、仕事上で再会。自分の現在の上司は、このリクルーター氏は、他の典型的なリクルーターとは違い、比較的柔軟なアプローチ・考え方で、自分のような経歴の人でも、彼なら将来サポートしてくれるからよい関係性を築いておくとよいよと言われたので、「実は、以前に活動中にあった時には、↑のように言われたよ」と伝えると、「え、彼さえもそんなことを言ったのか」とショックを受けられた。
そして実際に再会した際に言われたこと。「短期とはいえ、一体この会社のこのポジションにどうやって行き着けたのか?」と異常に驚かれた。更には、「短期でも、今回こうしたポジションで仕事を出来たことで、次は見つけ易くなるよ。是非次はサポートするよ」と。うーん。。欧州では、一度どんなレベルであれども、居住国か少なくとも欧州域内の経験をつけると対応が変わるとは、色々な友人・知人から言われてはいたのだが、本当なのかも・・・と改めて感じたり。
とはいえ、実際に今の仕事が終わった後、この短期の機会だけで、世界が劇的に変わるとは思えず、本当に次が見つかるのか、正直言うととても不安もある。でもあまり先の不安を考えずに、一歩一歩今開けてきたことを頑張るのみかな・・・なんて。
Friday, 20 December 2013
オランダでの初仕事・・・1ヶ月の振り返り。
何かがぴたっとはまったことが決まるときには、驚くほど早かったり、円滑に物事が進むものだと改めて感じるのだが、2週間弱で全てが決まった短期期間限定のお仕事。更には決まってすぐのスタート。
いつものことなのだが、何かを新たにチャンレジする直前に、実は多少弱きモードに入る。今回も同じく、「ハンデ」な部分が頭をよぎる。最後に日本で勤務してから2年弱のギャップがあったり、留学経験があったり、外資系企業に勤務して、外人上司・同僚と仕事をしたことがあったとはいえ、多くの時間は日本語で日本の常識で仕事をした経験のみ。MBA留学中は、できる限り海外の学生とプロジェクトを組んだり、時間を過ごすようにしたとはいえ、どうしても困れば日本人のクラスメイトや同じ大学院への日本人留学生の方がいらっしゃった。一方、今回採用を決めてくれた会社はアメリカの会社。ボスはイギリス人、同僚はオランダ人やヨーロッパ系の人たち。日本では未だビジネスを展開していないこともあり、初めての日本人従業員。仕事の内容的には日本人であることは全く必要なく、日本の知識や常識が必要とされている訳ではない。そこまでハイポジションである仕事ではないけれど、どれだけ力を発揮できるのだろうかと、一抹の不安を感じ始める。
とはいえ、不安で頭が一杯になる時間なしに、仕事がスタート。そして入ってみると、なかなかの早いスピードと量の仕事!思わずオランダに移る前まで仕事をしていたアメリカの会社(日本オフィス)での、仕事のスピード・量・アプローチを思い出しつつ、とりあえず流れに乗るよう全力疾走。日本での経験とはいえ、多少過去携わったことのある仕事をしているため、勘所はありつつも、やはり各会社独自のプロセスだったり、コンタクトパーソンの把握であったりと、順調に進む日もあれば、大きく凹む気持ちになる日もありつつ日々は過ぎていく。
その他は、オフィスの中での人間関係。期間限定で多少時間限定で働いていることもあり、仕事で絡まない同僚との関係の築き方が最初は少しぎこちなくなってしまった。気を張ることなく自然体でSocializeしたいと感じつつも、どういう機会を活用し、どう話をしたらよいかな・・・なんて身構えたり、ちょっと考えてしまう日々もあったり。
そのような時に、同じく専門職の派遣という形で期間限定で働いているオランダ人の動き方を見ていて、なるほどな・・・と感心をする。お昼は必ず、社員で一緒に食べる輪に入り、積極的に話を聞いたり、話しをしたり。それ以外でも、近くに座っている人たちに、毎日少しずつでも挨拶をしたり、世間話をしたり。同じく期間限定の自分にも、「昨日話しそこなっちゃったから!」と自分の仕事部屋に立ち寄ってくださったり。どうせ期間限定だし・・・と感じたり、殻に閉じこもったり、言葉をハンデに感じず、見習って少しずつ声を掛けてみるように。
言葉は・・・というと、オランダ人同士が会話する時やメール交換しているときにはオランダ語であるし、取引先やサービスを受けている会社とのやりとりはオランダ語であることも多いが、アメリカの会社であるし、多国籍な社員構成なため、オフィス内は大概は英語。自分も最初は英語で話かけられていたのだが、自分の上司がオランダ人Directorsに対し、「彼女は現在オランダ語を勉強中で、オランダ語で仕事をする経験もしたいという希望もあるので、ぜひオランダ語を使ってあげて欲しい」と伝えてくれた日から、またたく間にその話が広がってしまい、オランダ人同僚たちは随時オランダ語へと切り替わる!でも自分なりには頑張って勉強はしてきていたけれど、大学や普段の生活で勉強してきたオランダ語と、オフィスでのオランダ語はやはり少し違う。元々マダマダ自信がないこともあり、暫くはしどろもどろ。何だかオランダ語で相手をしてもらうのが本当に申し訳なくなってしまい、自分から英語に戻してしまうことも。。
でも折角機会を作ってくれていたのに、自分で機会をつぶしてはいけない・・・と2-3日後に、オランダ人の同僚や、仕事で関係する他社のオランダ人には、「未だ完全ではないのだけれど・・・」と多少お断りを入れつつ、再度オランダ語を使うことに。すると大分心を開いてくれる人が増えたり、逆に色々なアドバイスをしてくださる人も出てき始めたり、少し好循環が出来始めたように感じる。(オランダ語は相変わらずなレベルだけれど・・・・)
そして肝心のお仕事は・・・というと、元々今回短期で穴埋めをしているポジションをしている人が戻るまでの期間限定であったのだけれど、色々と理由をうまく作って、何と2ヶ月契約を延長してもらえることに!さすがに、もろもろの状況を考えると、これ以上の延長は難しいと思うので、延長してもらえた分までは、前向きに、できる限りのトライをして、学べることは学ぶと共に、今回短期で採用をしてくれた上司にも恩を報いれるようにできたらなと感じる。
いつものことなのだが、何かを新たにチャンレジする直前に、実は多少弱きモードに入る。今回も同じく、「ハンデ」な部分が頭をよぎる。最後に日本で勤務してから2年弱のギャップがあったり、留学経験があったり、外資系企業に勤務して、外人上司・同僚と仕事をしたことがあったとはいえ、多くの時間は日本語で日本の常識で仕事をした経験のみ。MBA留学中は、できる限り海外の学生とプロジェクトを組んだり、時間を過ごすようにしたとはいえ、どうしても困れば日本人のクラスメイトや同じ大学院への日本人留学生の方がいらっしゃった。一方、今回採用を決めてくれた会社はアメリカの会社。ボスはイギリス人、同僚はオランダ人やヨーロッパ系の人たち。日本では未だビジネスを展開していないこともあり、初めての日本人従業員。仕事の内容的には日本人であることは全く必要なく、日本の知識や常識が必要とされている訳ではない。そこまでハイポジションである仕事ではないけれど、どれだけ力を発揮できるのだろうかと、一抹の不安を感じ始める。
とはいえ、不安で頭が一杯になる時間なしに、仕事がスタート。そして入ってみると、なかなかの早いスピードと量の仕事!思わずオランダに移る前まで仕事をしていたアメリカの会社(日本オフィス)での、仕事のスピード・量・アプローチを思い出しつつ、とりあえず流れに乗るよう全力疾走。日本での経験とはいえ、多少過去携わったことのある仕事をしているため、勘所はありつつも、やはり各会社独自のプロセスだったり、コンタクトパーソンの把握であったりと、順調に進む日もあれば、大きく凹む気持ちになる日もありつつ日々は過ぎていく。
その他は、オフィスの中での人間関係。期間限定で多少時間限定で働いていることもあり、仕事で絡まない同僚との関係の築き方が最初は少しぎこちなくなってしまった。気を張ることなく自然体でSocializeしたいと感じつつも、どういう機会を活用し、どう話をしたらよいかな・・・なんて身構えたり、ちょっと考えてしまう日々もあったり。
そのような時に、同じく専門職の派遣という形で期間限定で働いているオランダ人の動き方を見ていて、なるほどな・・・と感心をする。お昼は必ず、社員で一緒に食べる輪に入り、積極的に話を聞いたり、話しをしたり。それ以外でも、近くに座っている人たちに、毎日少しずつでも挨拶をしたり、世間話をしたり。同じく期間限定の自分にも、「昨日話しそこなっちゃったから!」と自分の仕事部屋に立ち寄ってくださったり。どうせ期間限定だし・・・と感じたり、殻に閉じこもったり、言葉をハンデに感じず、見習って少しずつ声を掛けてみるように。
言葉は・・・というと、オランダ人同士が会話する時やメール交換しているときにはオランダ語であるし、取引先やサービスを受けている会社とのやりとりはオランダ語であることも多いが、アメリカの会社であるし、多国籍な社員構成なため、オフィス内は大概は英語。自分も最初は英語で話かけられていたのだが、自分の上司がオランダ人Directorsに対し、「彼女は現在オランダ語を勉強中で、オランダ語で仕事をする経験もしたいという希望もあるので、ぜひオランダ語を使ってあげて欲しい」と伝えてくれた日から、またたく間にその話が広がってしまい、オランダ人同僚たちは随時オランダ語へと切り替わる!でも自分なりには頑張って勉強はしてきていたけれど、大学や普段の生活で勉強してきたオランダ語と、オフィスでのオランダ語はやはり少し違う。元々マダマダ自信がないこともあり、暫くはしどろもどろ。何だかオランダ語で相手をしてもらうのが本当に申し訳なくなってしまい、自分から英語に戻してしまうことも。。
でも折角機会を作ってくれていたのに、自分で機会をつぶしてはいけない・・・と2-3日後に、オランダ人の同僚や、仕事で関係する他社のオランダ人には、「未だ完全ではないのだけれど・・・」と多少お断りを入れつつ、再度オランダ語を使うことに。すると大分心を開いてくれる人が増えたり、逆に色々なアドバイスをしてくださる人も出てき始めたり、少し好循環が出来始めたように感じる。(オランダ語は相変わらずなレベルだけれど・・・・)
そして肝心のお仕事は・・・というと、元々今回短期で穴埋めをしているポジションをしている人が戻るまでの期間限定であったのだけれど、色々と理由をうまく作って、何と2ヶ月契約を延長してもらえることに!さすがに、もろもろの状況を考えると、これ以上の延長は難しいと思うので、延長してもらえた分までは、前向きに、できる限りのトライをして、学べることは学ぶと共に、今回短期で採用をしてくれた上司にも恩を報いれるようにできたらなと感じる。
Wednesday, 18 December 2013
お気に入りの近所の村の、夕暮れ後の写真。
写真コースに通うまでは、ほとんどうまく取れなかった夕暮れ・夜景写真。マダマダ試行錯誤ながら、お気に入りの近所の村を訪れ、練習!まだまだ熟達への道は長しだけれど、少しずつ撮れるようになってきたかな?:)
お気に入りの村にある、かつては市役所(村役場?)であった建物。どのような時間帯でも綺麗なのだけれど、折角なので夜景写真の練習に!
同じ確度から、ホワイトバランスを変えて撮影。
時折、理由を作っては訪れる、この村にあるビストロ。優しく、フレンドリーな店員さんたちのおもてなしと、美味しいお食事で癒される場所です!
外にもテーブルが!綺麗だけれど、さすがに冬の夜は寒くて、誰もここでは食べていない!:)
お気に入りの村にある、かつては市役所(村役場?)であった建物。どのような時間帯でも綺麗なのだけれど、折角なので夜景写真の練習に!
同じ確度から、ホワイトバランスを変えて撮影。
時折、理由を作っては訪れる、この村にあるビストロ。優しく、フレンドリーな店員さんたちのおもてなしと、美味しいお食事で癒される場所です!
外にもテーブルが!綺麗だけれど、さすがに冬の夜は寒くて、誰もここでは食べていない!:)
Tuesday, 17 December 2013
冬の牧場(写真)。
現在は外に放牧されている我が家の羊たち。幾つかのグループに分かれているものの、1つの敷地の芝生は長くて2-3週間で食べつくされてしまう。その後は、新しい牧草地に移さなくてはいけない。
この「お引越し」はなかなか大変。まずは、新しく移る牧草地の周りに、羊が逃げないように囲いとなる柵を立て、電流の流れている紐のようなものをつける。そして、羊の移動。グループによっては、従順(!)で、餌を見せるとついてくる羊たちもいるのだが、なかなか言うことを聞かないグループも。餌を見せてもよってこず、一斉に反対方向に逃げてしまったり、柵を飛び越えて道路に走っていってしまったり。。
そんな一連の作業の様子を撮ってみた写真たち。
引越し予定の羊たちがいる牧草地に到着。

プラスティック製のフェンスをたて、電流の流れるひもをしっかりと張る
一部はネット!
餌をちらつかせ、時間が少したち、少しずつよってくる羊の群れ。
かなり近くまで寄ってきたところで、移動開始。
神経をさかなでさせたり、警戒させないで、従順についてくるよう、餌をもっている人以外はそーっと!
途中でついた羊の足跡!
この「お引越し」はなかなか大変。まずは、新しく移る牧草地の周りに、羊が逃げないように囲いとなる柵を立て、電流の流れている紐のようなものをつける。そして、羊の移動。グループによっては、従順(!)で、餌を見せるとついてくる羊たちもいるのだが、なかなか言うことを聞かないグループも。餌を見せてもよってこず、一斉に反対方向に逃げてしまったり、柵を飛び越えて道路に走っていってしまったり。。
そんな一連の作業の様子を撮ってみた写真たち。
引越し予定の羊たちがいる牧草地に到着。
プラスティック製のフェンスをたて、電流の流れるひもをしっかりと張る
一部はネット!
餌をちらつかせ、時間が少したち、少しずつよってくる羊の群れ。
かなり近くまで寄ってきたところで、移動開始。
神経をさかなでさせたり、警戒させないで、従順についてくるよう、餌をもっている人以外はそーっと!
途中でついた羊の足跡!
またこの一連の作業とは別に撮った、芝生についた水玉のマクロ写真。
Monday, 16 December 2013
Sunday, 15 December 2013
冬のオランダの太陽(写真)
(日付遡りで更新中)
写真のコースに通い始めて、撮り始めた写真を少し公開。
このコースの1回目は、写真の構図と光の捉え方を学ぶ。コースに通いはじめる前は、暗いところの撮影や、太陽の光の取り込み方が全く分からなかったのだけれど、未だ完全ではないが、少しずつテクニックや捉え方を学び中!
ガラスにもやがかった時に、その合間から見える太陽が綺麗に思えたので撮ってみた写真。
牧草地の上にのぼってきた太陽を捉えた写真。
写真のコースに通い始めて、撮り始めた写真を少し公開。
このコースの1回目は、写真の構図と光の捉え方を学ぶ。コースに通いはじめる前は、暗いところの撮影や、太陽の光の取り込み方が全く分からなかったのだけれど、未だ完全ではないが、少しずつテクニックや捉え方を学び中!
ガラスにもやがかった時に、その合間から見える太陽が綺麗に思えたので撮ってみた写真。
牧草地の上にのぼってきた太陽を捉えた写真。
少し日が出て時間が経ち、太陽の光の色や空の色が変わってきた時の写真。
出勤前に、こうして車の後ろから太陽が昇り、光り輝いていると、何だかものすごくエネルギーと元気をもらえます!
我が家の茶色い羊ちゃんたちの一部がいる牧草地。朝の光を浴びて、嬉しそうに草を食べています(写真上では、小さくて見えないけれど・・・!)
Friday, 13 December 2013
オランダで写真コースへ。
(日付遡りでアップデート)
気がづけば、最後のブログ記事のポスト日が1ヶ月以上前・・・この間、予定外・想定外のことが起きたため、週末を含めて、毎日ものすごい神経が張ったり、集中して長時間取り組まなければいけないことに追われる日々を過ごしていた。今月中旬で、少しずつスローダウンできるものも出てきたものの、書きたいことは沢山あっても、ブログを書くエネルギーがなく、すっかり放置状態になってしまった。
とはいえ、元々のブログを続けていた主旨を考えると、少し遡ってでも、この期間に感じたこと・経験したことを、少しだけでも書きとめておこうかなと思う。
10月までのオランダでの、打てども一向にびびかぬ就職活動の状況を前に、気分を入れ替え、2013年の残りの2ヶ月は好きなことをやりつつ、リラックスをしようと決めかけていた。良く考えれば、ずっとオランダ語勉強や、引越しや、新しい村でのネットワーク作りなど、沢山のことごとに追われた日々でもあったし、オランダのマーケットも不況だし、ここまできたら開き直ってしまえ!という思いになったため。
そして、比較的近くの大きめな街にある、カルチャースクール的なところで、日本にいる頃からずっと習ってみたいと思っていた写真のコースを発見し、申し込み。週1回、2時間、計8回。多少お金はかかるが(とはいえ、かなり格安!)、興味のあることであれば、オランダ語の勉強の促進にもなるだろうし(!)、また少しこれまでとは違ったオランダの人たちとも知り合ってみたいし、一石三鳥な気分で通いはじめる。
平日のクラスを取ってしまったため、受講者は年配に近い方が多かったものの、この写真コース以外にも、同じスクールで、イタリア語やスペイン語など、幾つもコースを受講しているだけあり、好奇心旺盛で、とにかく明るい!また救われたのは、オランダ語や英語以外の言葉を長年習っている方々も多いため、自分がまだ多少つたないオランダ語でも、励ましてくれながら、色々とお話をする機会も。
そして肝心の写真・・・という点でも、様々な学びが!思えば、ミラーレスの一眼レフもどきのカメラを持ちつつ、殆ど機能は使っていない状態にあったので、カメラについての技術や理論的な学びや実際の機能の使いこなし方まで、一気に幅が広がってきた。また写真の構図など、カメラの使いこなし以外の部分でも、沢山の学びがあった。飛躍的にうまくなったかは別として、参加して本当に良かったなと思っている。
ということで、少しこの写真コースに関連した写真をこのポスト以降で少し公開。(Facebookでは既に公開済みですが・・・) 今後、少しずつうまくなっていけたらな・・・なんて。
気がづけば、最後のブログ記事のポスト日が1ヶ月以上前・・・この間、予定外・想定外のことが起きたため、週末を含めて、毎日ものすごい神経が張ったり、集中して長時間取り組まなければいけないことに追われる日々を過ごしていた。今月中旬で、少しずつスローダウンできるものも出てきたものの、書きたいことは沢山あっても、ブログを書くエネルギーがなく、すっかり放置状態になってしまった。
とはいえ、元々のブログを続けていた主旨を考えると、少し遡ってでも、この期間に感じたこと・経験したことを、少しだけでも書きとめておこうかなと思う。
10月までのオランダでの、打てども一向にびびかぬ就職活動の状況を前に、気分を入れ替え、2013年の残りの2ヶ月は好きなことをやりつつ、リラックスをしようと決めかけていた。良く考えれば、ずっとオランダ語勉強や、引越しや、新しい村でのネットワーク作りなど、沢山のことごとに追われた日々でもあったし、オランダのマーケットも不況だし、ここまできたら開き直ってしまえ!という思いになったため。
そして、比較的近くの大きめな街にある、カルチャースクール的なところで、日本にいる頃からずっと習ってみたいと思っていた写真のコースを発見し、申し込み。週1回、2時間、計8回。多少お金はかかるが(とはいえ、かなり格安!)、興味のあることであれば、オランダ語の勉強の促進にもなるだろうし(!)、また少しこれまでとは違ったオランダの人たちとも知り合ってみたいし、一石三鳥な気分で通いはじめる。
平日のクラスを取ってしまったため、受講者は年配に近い方が多かったものの、この写真コース以外にも、同じスクールで、イタリア語やスペイン語など、幾つもコースを受講しているだけあり、好奇心旺盛で、とにかく明るい!また救われたのは、オランダ語や英語以外の言葉を長年習っている方々も多いため、自分がまだ多少つたないオランダ語でも、励ましてくれながら、色々とお話をする機会も。
そして肝心の写真・・・という点でも、様々な学びが!思えば、ミラーレスの一眼レフもどきのカメラを持ちつつ、殆ど機能は使っていない状態にあったので、カメラについての技術や理論的な学びや実際の機能の使いこなし方まで、一気に幅が広がってきた。また写真の構図など、カメラの使いこなし以外の部分でも、沢山の学びがあった。飛躍的にうまくなったかは別として、参加して本当に良かったなと思っている。
ということで、少しこの写真コースに関連した写真をこのポスト以降で少し公開。(Facebookでは既に公開済みですが・・・) 今後、少しずつうまくなっていけたらな・・・なんて。
Thursday, 14 November 2013
またしてもちょっとした波が来た?
最後にこのブログを更新してから、気づけば半月ほど時が経ってしまった。
半月前の最後のポストにも書いたのだが、この2-3週間で、多少の小さなつながりを手繰り寄せ、何名か自分の専門の分野で活躍をされているリーダーの方々とお会いすることができた。多数は、オランダ以外の欧州の国の出身の方々。そこで共通して言われたことは、「オランダ人以外或いは、オランダでこの分野の仕事をしたことがない人には、『不可能』と言い張るリクルーターがかなりいる。でも実際の現場で仕事をしている身としては、ローカルの知識は幾らでも後からキャッチアップしてできることであり、決してそのようなことはない。」ということ。またこれは、今回お会いした唯一のオランダ人で、オランダのグローバル企業で活躍された経験のある方からも、「私は、この分野の全ての仕事に、オランダの知識や経験が必須とは思わないし、私の周りでも、必須だと思わないという人はいたわよ」と。
とはいえ、このマーケットに自分の専門分野で本気で入っていくには、かなり根気が必要のようだ。例えば、自分の前職のアメリカのインターナショナル企業で、オランダおよびヨーロッパ統括の仕事をした経歴のある方(=つまりはポテンシャリティはあったはず)でも、12年前にオランダで仕事を探していたときに、ことごとく「リクルーター」からシャットアウトされたと。そして暫く欧州の他の国で仕事をして、昨年家族の事情でオランダに戻ってこようとした時でさえも、常に言われたのは、「オランダは複雑なマーケットなので、オランダの経験が少ないあなたには難しい」と。たまたま「国籍は関係ない」という思考の持ち主だったリーダーから見初められ、抜擢されて採用されたとのことで、今でもこの閉鎖性は変わっていないという。つまりは・・・やはり自分が半月前から感じ始めたように、所謂「リクルーター」(エージェント・企業内共に)の中に固定観念に固まった人が多いようで、理解のあるリーダーかヘッドハンターに出会えるようネットワークをはる必要があるようだ。ただ一方で、Web経由での応募も、確かに確率が低いかもしれないが、どこで志の高いリクルーターに出逢えるか分からないので、めげる気持ちは分かるけれど、あきらめずに応募すべしともアドバイスいただく。
・・・・など、お会いした方々は、忙しいなか時間を取ってくださっただけあり、色々なアドバイスや励ましをいただいただけでなく、自分の置かれている状況に非常に同情してくださり、ここ最近、機会探しのサポートをしてくださっている。そしてやはり、実際に活躍されている方々、ネットワークのある方々が動くと、状況も変わってくるようだ。今まで自分が直接アクセスしても、返事がなかったようなエージェンシからも、急に具体的な可能性の打診がきたり、自分が所属している組織内での可能性を探ってくださったり・・・ これからどう花が咲くか、或いは話だけで終わってしまうかは分からないのだけれど、心強いサポーターとなってくださる方々に出逢えて、本当に嬉しく感じる。
そして、こうした活動に加え、先日のポストで触れた話が、急展開へ。とある事情があってお休みしている人のポジションの穴埋めのお仕事で、国籍では判断をしないイギリス人Director自らがレジュメをスクリーニングしてくださったお陰で(!)、オランダでのポジションとして初めてインタビューという形で呼んでいただき、その後、本国の本社のリーダーの方との電話インタビューを経て、何とパートタイムで、2ヶ月限定ではあるが採用いただけることに!そして瞬く間に、今週からお仕事がスタート。少し遠い場所までの通勤となるのはつらいけれど、何とか少しでも「オランダでの実績」をつけて、将来の仕事探しに役立てて欲しいと配慮を沢山してくださり、学ぶことが沢山あって楽しい。(リーダーたちからの「具体的に何かに役立つ仕事をする」という期待にも応えて、お互い「Win-Win」な状態にしなくてはというプレッシャーも多少あるけれど。。)
とはいえ、この2ヶ月が終わったら、またすーっと全ての機会が消えうせて、次の仕事機会がすぐには見つからないかも・・・という不安もありつつ、まずは一つ一つ、こうしていただけた機会に感謝し、実績を積み重ねていくことに集中しようかなと思う。
半月前の最後のポストにも書いたのだが、この2-3週間で、多少の小さなつながりを手繰り寄せ、何名か自分の専門の分野で活躍をされているリーダーの方々とお会いすることができた。多数は、オランダ以外の欧州の国の出身の方々。そこで共通して言われたことは、「オランダ人以外或いは、オランダでこの分野の仕事をしたことがない人には、『不可能』と言い張るリクルーターがかなりいる。でも実際の現場で仕事をしている身としては、ローカルの知識は幾らでも後からキャッチアップしてできることであり、決してそのようなことはない。」ということ。またこれは、今回お会いした唯一のオランダ人で、オランダのグローバル企業で活躍された経験のある方からも、「私は、この分野の全ての仕事に、オランダの知識や経験が必須とは思わないし、私の周りでも、必須だと思わないという人はいたわよ」と。
とはいえ、このマーケットに自分の専門分野で本気で入っていくには、かなり根気が必要のようだ。例えば、自分の前職のアメリカのインターナショナル企業で、オランダおよびヨーロッパ統括の仕事をした経歴のある方(=つまりはポテンシャリティはあったはず)でも、12年前にオランダで仕事を探していたときに、ことごとく「リクルーター」からシャットアウトされたと。そして暫く欧州の他の国で仕事をして、昨年家族の事情でオランダに戻ってこようとした時でさえも、常に言われたのは、「オランダは複雑なマーケットなので、オランダの経験が少ないあなたには難しい」と。たまたま「国籍は関係ない」という思考の持ち主だったリーダーから見初められ、抜擢されて採用されたとのことで、今でもこの閉鎖性は変わっていないという。つまりは・・・やはり自分が半月前から感じ始めたように、所謂「リクルーター」(エージェント・企業内共に)の中に固定観念に固まった人が多いようで、理解のあるリーダーかヘッドハンターに出会えるようネットワークをはる必要があるようだ。ただ一方で、Web経由での応募も、確かに確率が低いかもしれないが、どこで志の高いリクルーターに出逢えるか分からないので、めげる気持ちは分かるけれど、あきらめずに応募すべしともアドバイスいただく。
・・・・など、お会いした方々は、忙しいなか時間を取ってくださっただけあり、色々なアドバイスや励ましをいただいただけでなく、自分の置かれている状況に非常に同情してくださり、ここ最近、機会探しのサポートをしてくださっている。そしてやはり、実際に活躍されている方々、ネットワークのある方々が動くと、状況も変わってくるようだ。今まで自分が直接アクセスしても、返事がなかったようなエージェンシからも、急に具体的な可能性の打診がきたり、自分が所属している組織内での可能性を探ってくださったり・・・ これからどう花が咲くか、或いは話だけで終わってしまうかは分からないのだけれど、心強いサポーターとなってくださる方々に出逢えて、本当に嬉しく感じる。
そして、こうした活動に加え、先日のポストで触れた話が、急展開へ。とある事情があってお休みしている人のポジションの穴埋めのお仕事で、国籍では判断をしないイギリス人Director自らがレジュメをスクリーニングしてくださったお陰で(!)、オランダでのポジションとして初めてインタビューという形で呼んでいただき、その後、本国の本社のリーダーの方との電話インタビューを経て、何とパートタイムで、2ヶ月限定ではあるが採用いただけることに!そして瞬く間に、今週からお仕事がスタート。少し遠い場所までの通勤となるのはつらいけれど、何とか少しでも「オランダでの実績」をつけて、将来の仕事探しに役立てて欲しいと配慮を沢山してくださり、学ぶことが沢山あって楽しい。(リーダーたちからの「具体的に何かに役立つ仕事をする」という期待にも応えて、お互い「Win-Win」な状態にしなくてはというプレッシャーも多少あるけれど。。)
とはいえ、この2ヶ月が終わったら、またすーっと全ての機会が消えうせて、次の仕事機会がすぐには見つからないかも・・・という不安もありつつ、まずは一つ一つ、こうしていただけた機会に感謝し、実績を積み重ねていくことに集中しようかなと思う。
Thursday, 31 October 2013
オランダでの仕事探し・・・また新たなアプローチの試み。
これまで紆余曲折しつつ、難航しつつの、オランダでの仕事探し。でも、この期間を通じて、考える機会・きっかけが沢山あり、やっとめがける方向性が見えつつあるように感じる。
まず、オランダに来たばかりの当初は、当然のように、自分が来る直前までやっていたキャリアに通じるポジションを探しては、アプライをしてきた。ただ、1つのオープンポジションに500-800件ほど押しかけると言われている就職不況の今、自分の専門分野&レベルのポジションの多くで必要とされるオランダ語力やオランダ・ヨーロッパにおいての実地知識がないため、履歴書で自動的にはじく格好の餌食になってきた。
行き詰り始めた頃には、段々、何がやりたいのかではなく、どういった会社・ポジションであれば自分を使ってくれる可能性があるのか・・・というアプローチになり始める。まずは始められるものがあれば、見習いからやっても構わないという思いはあるものの、これまた履歴書で跳ねられる。理由は何となく分かりつつも、幾つかの会社さんに理由を尋ねてみると、返ってくる言葉は「Overqualified」。またとても丁寧にアドバイスをしてくださった担当者の方から伺ったのは、オランダでは、基本は、学歴・職歴に見合った仕事をマッチングするという姿勢にあるそう。よって、これもまた打開できる道筋がない。
ここまで追い詰められると、改めて自分が本当に何がやりたいのか、何に喜びを感じるのかなど、考え始め、結局原点に戻ることとなる。そして、たまたま行き着いたのが、前の会社で参加していたグローバルのリーダーシッププログラムのネットワーク。自分より大分前に卒業された方が何名かオランダで活躍されているのを知り、Linkedinの仕組みを使い、自分が置かれている事情を説明し、オランダでキャリアを継続するために、アドバイスをいただけないか・・・という主旨のメールを送る。すると、多忙ななか、即座に快諾いただき、会う予定を組んでくださることに!
またたまたま、Linkedinのとあるコミュニティで、1日限定ででた、短期・Non-Fullタイムのポジションの人材募集のポスティングを発見。そこには要件のほか、最後に一言。「アドミ的な仕事ではあるけれど、この分野で将来キャリアを積みたいと思っている人にチャンスをあげたい」と。この言葉が響き、これまた自分の状況と切なる想い(!)をメールしたところ、即座にお返事があり、面接していただけることに。
こうして、難しい状況にいる自分に、あえて時間を作って会ってくださったリーダーの方とお話をして、感じたこと。それは、難しいだろし、普通のパスでは入っていけないかもしれないけれど、「不可能」ではないということ。そして、その道を切り開くためにありえることは、短期のプロジェクト、インターンシップ、誰か病気や事情があって欠勤している人などの穴埋めの期間限定ポジション、繁忙期の期間限定ポジションなどを探し、実証する場を積み重ねていくこと・・・が方向性なのではないかと感じた。ではその場を探すには・・・国籍や、どこの国の経験であろうと、本質的なところを見て、チャンスをあげよう・育ててあげようという気概のあるリーダーに行き着く必要があるということ。そして今回、すぐにチャンスにつながるかは見えないし、最終的には何もなしになってしまうかもしれないが、こうした本物のリーダーに少しずつ出逢えたことは、感謝すべきことだなと感じる。
ちなみに、一人のリーダーと、妙に意見があったのは、「エキスパットで働く人のパートナーの活かし方・キャリア支援」。エキスパットとして外国で勤務する場合、そのパートナーがその新しい国で見合った仕事を見つけるということは、これまた不可能ではないが、非常に難しい。でも、それなりのキャリア・経験を持った人材を、パートナーの「前向きな」事情のために、活かせずにいるのは非常に勿体無いのではということ。言葉やローカル知識の大切さは分かるものの、何か策はないものかね、ということ。これは簡単ではないけれど、将来こうした悩みへの解に役立てることができたらななんて感じてみたり。(遠い夢)
まず、オランダに来たばかりの当初は、当然のように、自分が来る直前までやっていたキャリアに通じるポジションを探しては、アプライをしてきた。ただ、1つのオープンポジションに500-800件ほど押しかけると言われている就職不況の今、自分の専門分野&レベルのポジションの多くで必要とされるオランダ語力やオランダ・ヨーロッパにおいての実地知識がないため、履歴書で自動的にはじく格好の餌食になってきた。
行き詰り始めた頃には、段々、何がやりたいのかではなく、どういった会社・ポジションであれば自分を使ってくれる可能性があるのか・・・というアプローチになり始める。まずは始められるものがあれば、見習いからやっても構わないという思いはあるものの、これまた履歴書で跳ねられる。理由は何となく分かりつつも、幾つかの会社さんに理由を尋ねてみると、返ってくる言葉は「Overqualified」。またとても丁寧にアドバイスをしてくださった担当者の方から伺ったのは、オランダでは、基本は、学歴・職歴に見合った仕事をマッチングするという姿勢にあるそう。よって、これもまた打開できる道筋がない。
ここまで追い詰められると、改めて自分が本当に何がやりたいのか、何に喜びを感じるのかなど、考え始め、結局原点に戻ることとなる。そして、たまたま行き着いたのが、前の会社で参加していたグローバルのリーダーシッププログラムのネットワーク。自分より大分前に卒業された方が何名かオランダで活躍されているのを知り、Linkedinの仕組みを使い、自分が置かれている事情を説明し、オランダでキャリアを継続するために、アドバイスをいただけないか・・・という主旨のメールを送る。すると、多忙ななか、即座に快諾いただき、会う予定を組んでくださることに!
またたまたま、Linkedinのとあるコミュニティで、1日限定ででた、短期・Non-Fullタイムのポジションの人材募集のポスティングを発見。そこには要件のほか、最後に一言。「アドミ的な仕事ではあるけれど、この分野で将来キャリアを積みたいと思っている人にチャンスをあげたい」と。この言葉が響き、これまた自分の状況と切なる想い(!)をメールしたところ、即座にお返事があり、面接していただけることに。
こうして、難しい状況にいる自分に、あえて時間を作って会ってくださったリーダーの方とお話をして、感じたこと。それは、難しいだろし、普通のパスでは入っていけないかもしれないけれど、「不可能」ではないということ。そして、その道を切り開くためにありえることは、短期のプロジェクト、インターンシップ、誰か病気や事情があって欠勤している人などの穴埋めの期間限定ポジション、繁忙期の期間限定ポジションなどを探し、実証する場を積み重ねていくこと・・・が方向性なのではないかと感じた。ではその場を探すには・・・国籍や、どこの国の経験であろうと、本質的なところを見て、チャンスをあげよう・育ててあげようという気概のあるリーダーに行き着く必要があるということ。そして今回、すぐにチャンスにつながるかは見えないし、最終的には何もなしになってしまうかもしれないが、こうした本物のリーダーに少しずつ出逢えたことは、感謝すべきことだなと感じる。
ちなみに、一人のリーダーと、妙に意見があったのは、「エキスパットで働く人のパートナーの活かし方・キャリア支援」。エキスパットとして外国で勤務する場合、そのパートナーがその新しい国で見合った仕事を見つけるということは、これまた不可能ではないが、非常に難しい。でも、それなりのキャリア・経験を持った人材を、パートナーの「前向きな」事情のために、活かせずにいるのは非常に勿体無いのではということ。言葉やローカル知識の大切さは分かるものの、何か策はないものかね、ということ。これは簡単ではないけれど、将来こうした悩みへの解に役立てることができたらななんて感じてみたり。(遠い夢)
Wednesday, 30 October 2013
「安請け合い」はいけない?
ここ暫く、忙しくとも少しでも書くように・・・と思っていたものの、ぷっつり更新が途切れてしまったブログ。。実は、ここに来て依頼を請けた様々な小さなお仕事や、家の改修関連・牧場の繁忙期などで、それぞれ決まった期限内にやらなければ次に差し支えがことに追われ、分刻みで動きつつ、寝不足傾向な状況に陥ってしまった。。
そもそも、就職活動がなかなか思うように進まないけれど、多少は色々な目的のために少しでも稼がなくては・・・という思いから、日本のとあるベンチャーさんが運営している、リモートでもできる小さなタスクやプロジェクトを公募するサイトに登録をし、小さなタスクを幾つか請け始めた。とはいえ、会社勤めは得意でも(!?)、個人でピンで勝負する特殊スキル(プログラミングなど)がないため、受注できるお仕事は限られる。だからこそ、いただけるお仕事はどんな条件でも、しっかり仕上げて納品したいと、想定以上に時間が取られていき・・・・時給に換算すると、これまでやったことのある学生時代のアルバイト代よりはるかに低くなる。。
それはさておき、このサイトで受けたお仕事を進めていたところ、これまたタイミングよく(悪く?)、これまで時折受けていた文書翻訳・チェックの依頼が舞い込む。久しぶりにご依頼いただいたので、お断りしてしまうのが忍びなく、多少の無理を承知で引き受けてしまった。すると、こういう時に限り、次々に関連追加依頼が舞い込み、テンテコマイ。こちらは少し嬉しい悲鳴。
そんなこんなで、気づけば、オランダ語勉強や就職活動関連での外出を除けば、もくもくと家でお仕事。でも、家で机に向かっている姿を見かけた近所の人たちから、「孤独なんじゃないか」といたく心配され、一方で枯葉がものすごい勢いで落ちたままになった牧場とお庭を見て、「家にいるのに何故掃除しない!」と、仕事経験がなく、在宅で仕事するという感覚が理解できない家族からのつっこみ。枯葉の量と敷地を考えると、手で掃除するには、1日はかかる。でも、今は10時間以上の仕事と、家の中の家事・お買い物、羊の見回りだけでも精一杯なのに・・・と、やるせなさがつのる。
フリーで、在宅で仕事をするのは、細切れ時間を活用して仕事ができたり、出勤に費やす時間がいらなかったりと、良さもありつつ、難しさもつくづく実感。
そもそも、就職活動がなかなか思うように進まないけれど、多少は色々な目的のために少しでも稼がなくては・・・という思いから、日本のとあるベンチャーさんが運営している、リモートでもできる小さなタスクやプロジェクトを公募するサイトに登録をし、小さなタスクを幾つか請け始めた。とはいえ、会社勤めは得意でも(!?)、個人でピンで勝負する特殊スキル(プログラミングなど)がないため、受注できるお仕事は限られる。だからこそ、いただけるお仕事はどんな条件でも、しっかり仕上げて納品したいと、想定以上に時間が取られていき・・・・時給に換算すると、これまでやったことのある学生時代のアルバイト代よりはるかに低くなる。。
それはさておき、このサイトで受けたお仕事を進めていたところ、これまたタイミングよく(悪く?)、これまで時折受けていた文書翻訳・チェックの依頼が舞い込む。久しぶりにご依頼いただいたので、お断りしてしまうのが忍びなく、多少の無理を承知で引き受けてしまった。すると、こういう時に限り、次々に関連追加依頼が舞い込み、テンテコマイ。こちらは少し嬉しい悲鳴。
そんなこんなで、気づけば、オランダ語勉強や就職活動関連での外出を除けば、もくもくと家でお仕事。でも、家で机に向かっている姿を見かけた近所の人たちから、「孤独なんじゃないか」といたく心配され、一方で枯葉がものすごい勢いで落ちたままになった牧場とお庭を見て、「家にいるのに何故掃除しない!」と、仕事経験がなく、在宅で仕事するという感覚が理解できない家族からのつっこみ。枯葉の量と敷地を考えると、手で掃除するには、1日はかかる。でも、今は10時間以上の仕事と、家の中の家事・お買い物、羊の見回りだけでも精一杯なのに・・・と、やるせなさがつのる。
フリーで、在宅で仕事をするのは、細切れ時間を活用して仕事ができたり、出勤に費やす時間がいらなかったりと、良さもありつつ、難しさもつくづく実感。
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